2014年2月14日金曜日

平成26年2月13日(木) くもり

昼過ぎ家で朝食兼昼食にする。珍しくご飯を炊いてあったので軽く一膳だけ食べる。私は目玉焼きは醤油派である。



新聞の武蔵野版で吉祥寺バウスシアターが5月いっぱいで閉館になることを知った。古い映画を再上映する名画座系ではないが、単館上映作品など地味な映画の封切りがあったり何度か利用したことはある。映画好きにとってはまた寂しくなる。

名画座系は「早稲田松竹」や飯田橋の「ギンレイ」など都心では老舗が頑張っているが、私が若い頃1970年代に存在した新宿から西方面にあった小屋はほとんど残っていない。

当時住んでいた高円寺にも「高円寺平和」があったし、隣の中野には南口駅ロータリー前の地下に「中野名画座」、中野五叉路にはポルノ館「中野光座」、北口には「武蔵野館」があった。新宿の「名画座ミラノ」などは見逃した映画を観るマイフィールドだった。

もう館名は覚えていないが、中野新橋にも洋画の二番館があり、風邪引きで具合が悪いのに『ヤングフランケンシュタイン』を観に行ったことを覚えている。

当時は映画やコンサートの情報満載構成で編集されたタウン情報誌「ぴあ」が若者に支持され部数が飛躍的に伸びた時代だったが、まだ月刊誌だったころで、発売される日が楽しみな映画好きの必読雑誌だった。私も「ぴあ」を広げて休日にどういうスケジュールで効率よく映画の二番館を回るかを検討するのが楽しみのひとつだった。

「ぴあ」と言えば、ある時、友人のT中君のアパートに泊まりに行った翌日のことである。その月の「ぴあ」が発売されたばかりである。

当時T中君は葛飾の四ツ木に住んでいて、今は近所の押上にスカイツリーが出来たりして大分様変わりしたと思うが、その頃は四ツ木駅など荒川を渡ると、降りた駅の雰囲気が何か川向こうのさびれた感じがしたものだ。

で、泊まった翌日近所の雑誌などを扱っている雑貨店だったと思うが、そこに行ってざっと見たがないので店番のお爺さんに訊いてみた。

私「あの~『ぴあ』ありますか?」

爺「は?」

私「雑誌の『ぴあ』ありますか?」

爺「へ?」

私「映画の時間割などが出ている雑誌で、ぴ・あ・っていうんですけど」

爺「ぴ?。。。ぴ?」

私「あ、いや、すみません結構です~」

という事件があったな~。このブログを見てくれていると思うがT中君(笑)。

その雑誌「ぴあ」も2011年に役目を終え休刊になった。

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