2013年10月21日月曜日

平成25年10月18日(金) 晴れ

11時55分の羽田発で高松に向かう。1時過ぎ高松着。


叔母は春先から体調を崩していたので、訃報は衝撃的ではなかったが、とうとうこの日が来たか、という思いだった。通夜は夕方18:00からなので、いったん兄の住むマンションに行き休憩。

高松の兄は私とは歳が離れていて今はひとり暮らしの典型的高齢者になる。風邪をひいていて体調が悪く通夜には出席出来そうもない。私がこちらの代表として出席することになった。

時間通り通夜の会場に向かう。読経が終わった後、会食になり久しぶりの親類に会う。出席出来た人、出来なかった人それぞれ事情があるだろうが、想いは皆同じであろう。

兄の家で泊まろうと思っていたが、流れでEちゃんちに泊まることになった。深夜まで雑談や昔話で盛り上がった。

平成25年10月19日(土) くもり時々小雨(高松)

葬儀がすすみ、初七日を併せて行い、夕方から精進落としの会食に入る。私より立派な年配者もいらっしゃったが指名により献杯の音頭を取らさせていただいた。

叔母は享年92だった。残された者の哀しみに変わりはないが、参会者の誰よりも年上であり大往生といえる。ひ孫が12人も集まり家族が繁栄している様を故人に見せてあげた賑やかなよい葬儀だった。

叔母はとてもお洒落で上品な人で、何年か前に自ら写真館へ脚を運び葬儀で使用する写真を用意してあった。にこやかな優しい叔母らしい笑顔だ。

会食終了後の流れでまたEちゃんちに行った。話が尽きないが切り上げて兄の家に帰る。兄と飲みなおす。

平成25年10月20日(日) 雨(高松)

雨が降ったり止んだりしている。兄と朝からチビチビ飲んでいたが、飛行機の時間もあるので二時過ぎにマンションを出る。

兄のマンションから見える瀬戸内


高松駅前から空港行きのバスに乗る。瀬戸内芸術祭が催されているのと、東京便の時間がJALとANAがほぼ同時刻だったので混んでいる。

16:40発ANA東京行きで帰路につく。

二泊三日のあいだ、しばらく使ってなかった「讃岐弁」を開放して喋ってきた。タクシーに乗った時など、言い回しにわざと特徴的な讃岐言葉を誇張してみたが、相手の運転手さんには、それが当たり前の空気のようなものであるから、地元の人間を乗せたくらいの感覚だったと思われる。



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