変な話だが、この何も考えない、ただひたすら歩いているだけの時間、歩いている意味も目的もない、息の喘ぎだけが聞こえる時間を感じることは、とても大切な気がするが、気がするだけで、それ以上に発展して考えたりはしないのが、凡人の凡人たるゆえんである。
きのう歩いた日影沢の上りなどは人が少なくてよいのだが、静かで人が少ない場合、ある程度の距離、話し声が聞こなくなるまで距離を取らないと、まわりが静かなので、逆に近くを歩く方の話の内容が聞こえてきて、かえって耳障りだったりする。
きのうも後から上ってきている年配女性二人の話し声が気になったので、その方たちが私を追い越して見えなくなるまでやり過ごした。だって山に来てまで、誰かの悪口を言っているのを、私は聞きたくはない。
今日は午前中に天文台構内の桜の咲き具合を見に行く。去年は例年より二週間も早かったが、今年は咲き始めである。
裏門 |
見頃は来週末、4月4,5日あたりがベストになるだろうと思う。
天文台構内を歩いていて、立ち止まった出来事があった。
舗道の先に、この暖かさで羽化したと思われるモンシロチョウがひらひらしていて、その蝶が地面に泊まった瞬間、林の中からヒヨドリが舞い降りた。
両翼を扇のように拡げてホバリングしながら鮮やかに蝶を捕食した。一瞬の出来事であり、ヒヨドリはすぐさま図上の枝に戻り、一呼吸置いた後、捕らえた獲物の白い色が一瞬で嘴から消えた。甲高くひと声啼いて、姿を消した。自然は何の遠慮も容赦もなく、私たちにその摂理を垣間見せる。
先日、スペインのグラナダから絵葉書を送ってくれた、クマさんからの第二報があった。予定通りジブラルタルを渡り、モロッコへ入ったようだ。投函日が3/18になっていたが、約10日で着いている。
クマさん、既に帰国しているかも分かりませんが、旅の息使いをありがとうござんす。
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