2012年1月30日月曜日

平成24年1月29日(日) 晴れ

今日は次男の婚約者が所属する「プリモアンサンブル東京」という吹奏楽団の定期演奏会があった。場所は文京区のシビックセンターで2時からのマチネだ。ここは地上26階建ての高層ビルで文京区役所や市議会議場、大ホール、小ホールなどが入る複合施設だ。東京ドームの北側に位置しているので水道橋で降りて徒歩で向かった。妻と娘、次男の四人編成だ。長男は残念ながら仕事で行けない。




1800席の大ホール
 一般社会人の楽団でこれだけの入場者を集めるのは力がある証拠だろう。実際の演奏も聴き応えのあるもので演奏者が50人以上のビッグバンドだ。管弦楽団とは違う魅力があった。

プログラム

第一部

歌劇「運命の力」序曲  歌劇「サムソンとデリラ」よりバッカナール  歌劇「アンドレ・シェニエ」よりフィナーレ

第二部

「ライフ・ヴァリエーションズ」~生命と愛の歌  シンフォニエッタ2番「祈りの鐘」


指揮者登場前の少しざわついた状態


本演奏終了後のアンコール3曲目で最後のオマケ的なものだったが団員の女性が「365歩のマーチ」を熱唱してくれた。震災に配慮したものである。会場の手拍子も加わり和やかなコンサートだった。ちなみに唱っている向かって左側のマイクを持っている女性が次男の婚約者である。驚いた。本人曰く一週間前に突然差し込まれた企画で歌詞を覚えるのに大変だったそうだ。


コンサート終了後、せっかく来たのだから25階の展望台に上る。公共施設なので無料だ。完成して公開を待つスカイツリーが近い。周りのビルと比較するとその高さがよく分かる。

2012年1月27日金曜日

平成24年1月26日(木) 晴れ

今日も歩きで店に向かう。月曜日の雪以来バイクを店に置いたままなので歩かざるをえない。もちろんバスはあるが、歩くことが今は楽しいのでそれは考えに入らない。

自転車で通うというのもあるが、新たに買わなくてはならぬので保留だ。30代の頃、今のような自転車ブームの無い時代にロードレーサーで都心に通っていた時期がある。

子供のころからサイクリングの好きな自転車小僧だったが子供に高い自転車は買えるはずもなく雑誌をみてあこがれていただけだった。大人になってたまたま雑誌を見ていたら高円寺に「フレンド商会」という専門店があるのを知った。引き寄せられるように店を訪ね衝動的に「30万円」を購入していた。妻の機嫌が直るまで大分時間がかかったような気がする(笑)。

「買った以上ちゃんと乗ってね、どうせ三日坊主」と言われて意地になり通勤に使い出したのだ。
往復35キロ前後、雨の日以外は乗った。おかげで体力は向上し勢いでアマチュアの自転車レースに一度参加した事もある。結果は120人中40位くらいだったと思う。まあ平凡な記録だ。

今は店までの距離が5キロ、通勤に使う目的だけで高い自転車を購入することは財務大臣の決裁が下りる可能性はゼロ。そこそこのでもよいがどうも心が動かぬのでやはり保留。

まだ雪が残っている
 おととい、中央線の南側を歩いたので気がつかなかったが、こちらの北側側道は日射しが遮られていて三日たった木曜日でも雪が残っている。

鳩’s
快晴の空と鳩たち、全部同じ方を向いているのは何か理由があるのだろうか。

新品ウオークマン
ネットで購入したウオークマンが来た。説明書を読まなくても操作できるほど使い勝手はよさそうだ。

2012年1月26日木曜日

平成24年1月25日(水) 晴れ

雪の影響がまだ残っている。南北に通る道路は裏道の狭い所でもほとんど残雪は無いが東西に走る道では住宅街の裏道で凍結したままの所がまだ多い。

火曜日の芝生畑
 いつもとは少しだけ違う道で店に出た。いつもは武蔵境の東側から中央線の北側側道を歩くことが多いが今日は南側の側道を利用した。南側は車の通行量が多く狭いので歩きには向いていない。
三鷹JR車庫
三鷹はJRの車庫がある、ここを通りかかって昔の『三鷹事件』 を思い出した。といっても事件は昭和24年の事であるから生まれる前の話でそういう事件があった事の知識として思い出したのだ。

今はこういう豆腐店は希少だ
 一枚80円のがんもどきを5枚購入、おまけで一枚サービスしてくれた。このがんもは私の個人的な財布からなので店用ではなく自家消費おでん用にする。
三鷹通りアンダーパス南向き


帰宅してから録画してあった『ダーティ・ママ』を観る。設定に無理があるがそれを楽しめば永作博美の演技は安定感がある。

2012年1月23日月曜日

平成24年1月23日(月) くもり時々雨

先週の金曜に天気がくずれてこの四日間降ったり止んだりの空模様だ。先週は歩きで店に出ることが多かったが、今日のような雨模様だとバイクを使うことになる。

若い頃のように音楽を聴く事はないが、店までの歩き一時間は最近慣れてきて少し退屈なので、音楽を聴こうと思い何年か前に買い少し使っただけで仕舞ったままになっていたMP3プレーヤーを出した。

フリスクくらいの大きさなので携帯性は良い。しかし動作不良で使い物にならない一歩手前だ。経年劣化なのか原因は解らぬが使えないのではただのゴミなので買い換えを検討する。これの付属のイヤホンではなく別に用意してあるカナル型イヤホンの片方が断線しかかっていて音が途切れる。他の機器に接続しても同じ症状であるからイヤホンも壊れている事になる。消耗品と呼ぶには高い買い物だがこれも買い換えになるだろう。

それでもこういった機器は加速度的に進化して性能と価格のバランスは30年前と比べると夢のような話だ。カセットテープやCDを入れていたウオークマンは既に博物館の世界である。

昔、友人が出たばかりのウオークマンを購入してみんなで、どれどれと廻し聴きした事がある。そのときの驚愕は今も忘れない。全員が「すっげ~なコレ」と言った。Mrマリックの手品を初めて見た原始人のようなものだった。そのインパクトが世界中を駆け巡り、音楽が高音質で携帯できるパラダイムシフトの瞬間だったと思う。

2012年1月20日金曜日

平成24年1月20日(金) 雪

予報通り朝から降ったり止んだりの雪だ。屋根がうっすら白くなっているが道に積もるほどではない。ずっと乾燥した日が続いていたので部屋の空気が柔らかく感じる。昔仕事の後輩で秋田の豪雪地帯出身の男が言っていた。
「俺、雪は嫌いなんですよ。東京はいいですよ。どんなに雨が降っても外に出られるじゃないですか」
東京で暮らす人にとって雪は一冬のアクセントだが、そうはいかぬ厳しい季節を耐え忍ぶ地域もある事を頭ではなく心で理解した覚えがある。

毎日、録画しておいたドラマを深夜に観る。CMを飛ばせるので観るには効率的だ。この冬のドラマもそろそろ出揃った。今のところ『最後から二番目の恋』が一番だ。二回目の小泉今日子の一人芝居(失恋を語る場面)は実力のある役者の技量を感じた。

月9の『ラッキーセブン』は松嶋菜々子の役がミスキャストのような気もするので様子見。

火曜日『ハングリー』はロック音楽を捨て母の遺したフレンチレストランのシェフとして立ち上がる物語で可もなく不可もなくの印象。

水曜『ダーティ・ママ』は永作博美が周到な役作りをしてきて好演している。映画『八日目の蝉』でみせた演技力は本物だ。

後は『聖なる怪物たち』『最高の人生の終わり方』『運命の人』など毎日これでもかというくらい多くの作品が放送されるが、最後まで観るのはたいてい3作くらいに落ち着く。




2012年1月19日木曜日

平成24年1月18日(水) 晴れ

水曜日の深夜番組『孤独のグルメ』が面白い。。輸入雑貨商を営む主人公「井の頭五郎」が営業で訪れる街々で見つける庶民的うまいもの屋のドキュメント風ドラマだ。

食事は必ずひとりで酒は飲まない。コミックが原作らしいが、紹介する店はコミックとは違い現実にある店をスタッフが探しているそうだ。今回で三回目だったが、どの回も行ってみたくなった。

主役を務める俳優の松重豊がなかなかいい味だ。松重豊という俳優はヤクザや刑事など一癖ある役が多いがスーツ姿のサラリーマンスタイルもピタッとはまっている。強面の顔からちゃんと毒気を抜いた普通の人を演じている。というかその普通の人こそ彼の本来の顔に近いのではないかと思う。

今回は池袋の『楊』という四川家庭料理店で「汁なし担々麺」がメインだった。山椒をたっぷり効かせた辛さがクセになるらしい。調理場で作っている課程を撮していたので味はだいたい見当がつく。もちろん店の味にはならないが今度家で作ってみよう。

2012年1月17日火曜日

平成24年1月16日(月) くもり

晴天が続いていたが久しぶりに曇天だ。今日は夕方から今年90歳になる叔母とその次女従姉夫妻と会う約束があり店は休ませてもらった。文京区の千駄木に住む従姉の長男宅の近所で食事というより焼き鳥屋で久しぶりの再会に話が弾んだ。叔母は高齢のためその席には参加しなかったがまだまだ元気そうで良かった。この叔母は、私の母の妹で、母とよく似ていて街で人に見間違えられる事が多かったという話を母と叔母の両方から聞いたことがある。

母は早世したのでこの叔母には長生きしてもらいたい。

明日は浅草の中村座歌舞伎観劇だそうだ。どうぞ楽しんで来て下さい。

2012年1月15日日曜日

平成24年1月14日(土) 晴れ

きのうの22時からNHKの番組『ふれあい街歩き』でベトナムの「カントー」という街を紹介していた。ここは南シナ海に近いメコンデルタの要所で「米白く水清く旅人去りがたし」と謳われた所だ。

ベトナムを旅行をする中で短期滞在型の日本人の多くは首都ハノイや南部のホーチミン・シティ(旧サイゴン)を中心に廻ることになるのが一般的だ。今回NHKで紹介された「カントー」はホーチミン・シティから車で約5時間南に下った街で日本人の観光客を見かけることは今でも多くないと思う。

実は今から14年前、1998年春、私はこの「カントー」の地に行ったことがある。今は知らぬが当時町中で日本人と思われる人を見かけた覚えはない。

ベトナム南部のメコンデルタ地域は細かい川で陸地が分断されている。それを橋を架けずに渡し船で賄っている。ほんのわずかな距離でも車ごと乗れるフェリーがある。いちいち止まった先では物売りが日本では考えらぬ勢いで商売に励む。「カントー」もたどり着くには何度もフェリーに乗ることになる。

私の旅はいたってシンプルだ。海外の旅の場合でも往復の格安チケットを探すだけ。後は現地でなるようになる。私は外国語が堪能ではないが使えるに越したことはないと思う。しかし旅を続けるには英語も含めて現地語は必須ではない(付け焼き刃の語学が役に立った事例を私は知らない)。

話せなくとも外国を肌で感じるなら一人で街を歩くことだ。『なんとかなる』


2012年1月13日金曜日

平成24年1月12日(木) 晴れ

この冬一番の寒波で関東以北は最低気温が氷点下の所が多かった。

二月になると青森の八戸一円を中心に東北各地で広く行われる門付け「えんぶり」という行事があることをテレビで見て知った。





wikipediaからの引用
2月17日の早朝に30組を越える「えんぶり組」が八戸市長者山の長者山新羅神社に詣でた後に同市の商店街で一斉摺りを行い、その後更に近郊農村部を門付けして巡り、20日までの4日間に亘って同市内の各所で演じられる。現在では観光的要素の大きい行事となっているが、元々は儀礼性の濃い田楽田植踊)の一種であるとされる。先端に鳴子板や金輪をつけた「ジャンギ」と呼ばれる棒を持って踊られるが、このジャンギが田植前に田を均すのに用いる柄振・朳(えぶり)という農具に起源も持つものであるために「えんぶり」と呼ばれるようになったと伝えられる。


テレビで紹介していたのは子供達が「えんぶり」の装束をまとい商店や飲食店を門付けして廻る様子で地域色が色濃く反映されていた。子供の可愛いこと。人と人のつながりの濃密さや人と接したときの相互の感情の表現が都市とは明らかに違う事がテレビを通してもわかる。


東京のような都会では良くも悪くも分かっていても無関心を装う事が習慣になる。これは異端者を好奇の目で視ぬための儀礼的無関心であったり、眼前の理不尽に立ち向かえぬ逃避的無責任であったりする。この見て見ぬふりは都会で生活する者ならば程度の差はあろうがほとんどの人が思い当たるだろう。


その同じ人間が地方へ行く人が変わったように活き活きとしたりする。人はそれぞれの場所や時間で社会的役割を、例えば職場では仕事人としての顔、家庭では夫や妻、父親や母親の顔を使い分けながら生きている。どれが本当の自分の顔かということは重要ではない。人は社会的な生き物であるのだから、人との関係において表現される自分というものが重要である。


閉鎖的村社会文化が残る地方から息苦しい人間関係をのがれて都市に出てきた人間は、都会特有の匿名性の高さや自由を手に入れるが、同時に誰にも寄りかかれぬ孤独を胸中に抱える。


帰れる故郷があることの、ありがたさをこのごろ改めて思う。




2012年1月11日水曜日

平成24年1月10日(火) 晴れ

朝日新聞のコラム「1分で知るマメ医学」で体重について書いてあった。昨年から体重のことを多少は気に掛けているせいか、小さな記事でも目にとまる。

見出しに「少し太めは大丈夫」などと書かれているのだからそれを見逃す私ではない。

引用する。

 これから10年で、自分ががんや心臓病、脳卒中になる危険度を知りたい。そんな人に役立つのが「がんと循環器の病気リスクチェック」(http://epi.ncc.go.jp/riskcheck/)だ。国立がん研究所センターのウエブサイトにある。40~69歳が対象で、体重のほかに性別、年齢、身長、喫煙習慣、飲酒の頻度などを入れると危険度が分かる。 (中略)


 日本人の中高年男女35万人を平均10年以上、追跡した国内の研究から、BMI(肥満指数)が、死亡リスクに与える影響を分析した研究がある。特にリスクが低いのは、男性では25以上27未満、女性は23以上25未満だった。ちょっぴり太り気味といったところか。


 「40歳以上で死亡リスクを考えれば、23~27、見た目を入れても21~25の範囲で」と、国立がん研究センター予防・検診研究センターの津金昌一郎・予防研究部長は話す。
 どうやら、極端な肥満でなければ無理にやせなくても良さそうだ。


 自分にとって都合が良い記事は読んでいて気分が悪かろうハズもなく、一応切り抜いておいた。
世の中に健康志向が声高に謳われ始めたのはいつごろからだろう。生きていく事に必死だった時代には飽食の産物「ダイエット」などという言葉は無かった。

抗菌もしかり、昭和の時代は今よりは不潔だったが、それが今となっては逞しくも思える。潔癖さに何を求めているのか知らぬが、過ぎたるは及ばざるが如しで不自然なまでの清潔はかえって免疫機能が遊んでしまい、アレルギーを引き起こすのではないかという話をどこかで読んだ。何事もほどほどというのがよい。

わずかではあるが日没が遅くなっている。





2012年1月9日月曜日

平成24年1月8日(日) 晴れ

正月明けですぐに三連休になったので明日の成人の日が終わってからやっと本来の仕事が始動する気分の人が多いのではないだろうか。ただ世間には色々な仕事があり、盆暮れ関係ない仕事に携わっている人に街は支えられている。

暮れにやり残した自室の整理をした。分かってはいるのだが、きれいに片付けるというのはなかなか大変な作業だ。「断捨離」や「人生がときめく片付けの魔法」などの片付け指南書がベストセラーになっていることからもわかるように、きれいにしなければと思いながらなかなかそれを実行できないという人が私を含めて多いのだ。独身時代の若い頃、部屋は本当に足の踏み場がないくらい散らかっていた。今はそれに比べると散らかっていても床が見える。何の自慢にもならないが。

今日の昼はカミさんと娘と三人ですき焼きをした。食事の材料のやりくり上そうなった。すき焼きというのは私の中では昼食ではなく、ある種贅沢な夜の食事である。

休みなので、すき焼きなら酒を飲みながらでも良いが、普通にご飯を食べアルコールは飲まなかった。すき焼きというのは味が濃い食べ物なので本来はご飯のほうが合うとあらためて思う。

暮れからしっかり食べて飲んでいるのでそろそろ意識して腹八分にしよう。




2012年1月4日水曜日

平成24年1月4日(水) くもり時々晴れ

二日、夕から次男の婚約者が年始に来てくれた。泊まってもらう事になっていたので夜はゆっくりと過ごせた。深夜になり録画していた番組、内野聖陽が堀部安兵衛役の忠臣蔵の後半を一緒に見た。二十五歳の若い彼らでも話のあらすじや展開はあたまに入っていて、面白いと言う。

吉良という仇相手のある物語なので吉良にゆかりの方々には気分の悪い方もいるであろうが、多くの人々はこの物語を支持し様々なかたちで今に伝えてきた。

また来ます、と言い残して三日の昼過ぎ次男と一緒に二人の住む街へ帰っていった。

明けて今日四日、暮れから決めていた武蔵野七福神巡りに出かける。効率よく巡れる特別巡回バスが吉祥寺から30分おきに出ているがあえて変則てきな周り方をした。まず三鷹の店までバイクで行き昼前だったので近くの蕎麦「布袋屋」で食事をする。

天とじ蕎麦

写真を撮る前にうっかり箸をつけてしまった。エビが大きく美味しかった。寒いときは粋を気取らず痩せ我慢せずに暖かい蕎麦を注文する。

吉祥寺まで電車で出て五日市街道沿いの「安養寺」、「武蔵野八幡宮」、少し北の「大法禅寺」の三つをまわる。

安養寺、布袋尊

武蔵野八幡宮

武蔵野八幡宮、大黒様

大法禅寺、福禄寿
井の頭公園弁財天

弁財天は開帳されていない

延命寺、毘沙門天

延命寺

延命寺、寿老人

杵築大社(きづきたいしゃ)

杵築大社、恵比寿様

恵比寿様のオブジェ

杵築大社
「井の頭弁財天」までは吉祥寺周辺なので徒歩で移動したが、残りの「延命寺」「杵築大社」は武蔵境寄りで距離もかなりあるのでバイクで移動した。バイクを使ったのは残りふたつがバイクなら止められる事、最後の杵築大社は家から一番近いことだ。近いと言っても直線で4kmはある。

ちょうど正午に巡り始めて三時半くらいにお参りが終わった。日暮れまでにまだ時間があるのは気持ちに余裕が出る。さあ明日から始動だ。正月気分を切り替えよう。

本日の成果、まあスタンプラリーだ



2012年1月1日日曜日

平成24年1月1日(日) 曇り時々晴れ

正月で家族全員が揃った。我が家は子供が三人いる。子供と言っても皆成人していて仕事をして休みが違ったりするので全員が揃うことはなかなか無い。毎年正月はシャンパンを開ける。全員酒飲みなので750cc一本では最初の一杯で終了する。開けて注いで「おめでとう」と言って30秒後にはグラスが空だ。そう思うと何という高い飲み物であろう。スタンダードな物でも3000円以上はする。

フランス料理の業界に長くいたので一応商品知識はある。

シャンパンというのはフランスのシャンパーニュ地方で作られた物だけに許された名称で、それ以外の場所で作られた物はシャンパンと名乗れない。これはフランスの法律で定められており厳しく管理されている。

この法律をA.O.C.(Appellation d'Origine Contrôlée)アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレと言い、原産地統制呼称と訳される。ワインの他チーズ・バターなどの乳製品にも適用されその規定に適う製品しかAOCのラベルを貼ることはできない。

例えばシャンパンでいえば同じフランス国内であってもシャンパーニュ地方以外の産地で作られた発泡性の酒はVin Mousseux(ヴァン・ムース)泡のワインという表記しか許されない。

Cognac(コニャック)なども同じでフランスのコニャック地方産の葡萄の蒸留酒いわゆるブランデーだがコニャックと表記できるのはその地方だけだ。



で、本日用意したのはこの3本 まず左から「ローラン・ペリエのロゼ」、このシャンパンは英国王室御用達で2011春ウイリアム王子の婚礼晩餐会で供された。

真ん中の一本は「ポメリー・ブリュ」 このシャンパンは19世紀初頭クリコ未亡人が「ヴーヴ・クリコ」甘みのあるシャンパンでロシアで大成功した後、ルイーズ・ポメリー(この方も未亡人)がそのスキを突くように辛口を出し英国で大成功を収めるという未亡人ライバル物語のシャンパンだ。

最後はおなじみの「モエ・エ・シャンドン」創業のクロード・モエは18世紀半ばからシャンパンを世界に向けて拡販した功績者でシャンドンという名は創業者の孫の娘婿の名字ということだ。ちなみにモエとシャンドンの間の「エ」はフランス語でetと書きtは発音しない。英語のandだ。つまり「と」ということである。ときどき「モエ・シャンドン」と言っている方がいるがちゃんと「エ」をつけましょう。

一年に一度か二度の事だ。普段自分が飲み屋をしているので外で飲む機会は少ない。長男が今年30歳になる、私は還暦、次男は今年結婚する。それぞれの節目だ。このくらいの贅沢は良しとしよう。

平成23年12月31日(土) 晴れ

大晦日だ。まだ片付けなくてはならない家の雑用があるにはあるが、それをやりだすと終わらなくなりそうなので前倒し正月気分に切り替えて都心に出る。

今日は六本木ヒルズの「歌川国芳展」と日本橋三越の「荻須高徳展」を廻る。カミさんと次男が同伴する。


六本木ヒルズはお笑い小ネタがある。以前映画を観にきたとき、やはりカミさんと一緒だったのだが、ガイドのお姉さんに声をかけられた。

ガイド「六本木ヒルズツアーいかがですか」

私「は、ツアーというのは?」

ガイド「ヒルズのエリアをご案内するコースです」

私「あ、けっこうです」

丁重にお断りした後、カミさんに言った。

私「おまえが田舎者に見えるから声かけられたぞ」

カミさん「失礼ね、あなたがそう見られたんでしょ」

どちらも田舎者ですけどね。

そのツアーは今は無いと思う。展示会場は52階のアーツセンタギャラリーだ。エレベーターの早いこと、思わず「早やっ」と言ったら息子に「田舎モンか」とつっこまれた。

歌川国芳は幕末期の浮世絵師で実に多くの作品を残していて、今回の展示もすごいボリュームだった。
着物の後ろ姿のカミさん。振り向いてはいけない

日本橋界隈は老舗が多いので大晦日の雰囲気を味わうには格好である。

荻須高徳はパリの街角を多く描いた画家で、以前仕事をしていたフランス料理店の壁にも1点のリトグラフが掛かっていた。


昼食を食べてなかったので日本橋界隈を少し探したが年内の営業は既に終わっている店が多く、仕方なくタクシーで東京駅に向かい3時半ごろ遅い食事をした。