2014年7月31日木曜日

平成26年7月30日(水) 晴れ

一週間ぶりに山に行こう、と考えていた。暑い時期なので、気温が上がらぬ内に登って帰ってからシャワーを浴びたりする時間を考慮すると、高尾山なら9時には登山口には着いていたい。

zzzzzz・・・はっ、と起きたのが9時だった(笑)。おまけに昨晩帰宅してから、遅くまであれこれ録画を観ていたらつい飲み過ぎてしまった、のが起きてからの体のだるさで判明する。この起きてから判るというのがいかんなあ。もちろん山歩き中止である。

新聞で高校野球東東京大会で二松学舎附属高校が優勝したことを知った。これまで決勝に十回駒を進めたが一度もその壁を破れず、この度とうとう悲願の甲子園行きを果たしたそうだ。

この二松学舎には、ある感慨がある。以前このブログで触れたことがあるが(今年6月20日記事)幕末の備中松山藩(現岡山県高梁市)の財政改革を成功させた巨人、山田方谷の一番弟子であった三島中洲が二松学舎の創立者である。

二松学舎HPより

三島中洲(ちゅうしゅう)名は毅(き)、字は遠叔。天保元年、備中窪屋郡中島村(後の中洲町、現在の岡山県倉敷市中島)に生まれた。 

11歳から学問を志し、14歳で儒学者山田方谷の門に入り陽明学を学んだ。さらに斎藤拙堂のもとで見識を深め昌平黌において佐藤一斎に学んだ。

30歳の時、備中松山藩に仕え、幕府老中でもあった藩主板倉勝靜とともに激動の幕末を経験した。

明治維新後、新政府の命により上京、新治裁判所長、大審院判事(現在の最高裁判所判事)を務めた。

明治10年、官を辞し「漢学塾二松学舎」を創設。多くの子弟を育成し、漢学・東洋学の発展に尽力した。のちに東京高等師範学校教授・東京帝国大学文科教授・東宮御用掛・宮中顧問官を歴任した。

引用終わり

個人的には二松学舎には何も関わりはないが、山田方谷という人物を研究していて出てきた三島中洲の名とそこから派生して覚えていた知識、二松学舎の名前は印象にある。そういえば夏目漱石もここの出だった。何か取っ掛かりがあるほうが、応援のし甲斐があるというものだ。が、その分負けた時の落胆の幅も大きい。表裏一体である。

朝昼兼でスパゲティを茹でる。ソースはレトルトのミートソース。





横浜で買った「油辣椒」をかける。見かけほど辛くないのでタバスコよりはるかに相性が良い。

店に出てから開店前、バタバタしていて賄いを食べる時間がなくなったので、慌ただしく卵かけご飯だけにして搔き込む。



慌ただしいのに写真だけはしっかり押さえるのがブログを毎日続けている習慣のなせる術である。

卵かけご飯といえば、最近人間国宝になった、柳家小三治の噺に「卵かけご飯」というのがある。小三治さんの古典はもちろんだが、この創作系のトークショー話は抜群に面白い。21分なのでどうぞお付き合いください。







2014年7月30日水曜日

平成26年7月29日(火) 晴れ

朝昼兼の冷やしうどん。冷凍麺をさっと茹ででから氷水で締める。


手を入れると痛いくらいに冷たくしてから「冷やかけ」にする。「ざるうどん」のようにつけ汁で食べてもおいしいが、品性はともかくこのまま搔き込むようにズルズルいけるのでダシをきかせた「冷やかけ」にしたのだ。薬味はミョウガ、ワカメ、揚げ茄子、ネギ、揚げ玉。これに昨日の「油辣椒」を振ってキンキンに冷えたうどんの喉ごしを楽しむ。ついでに生姜とキュウリがあればいうことなかった。


暑いのに湿度が低いのかサラリとしている。このくらいなら暑い夏もまだ過ごしやすいが、そんなに甘くはないだろうとは思う。

そういえば、今日は土用の丑で、鰻屋さんは大繁盛である。三鷹の上連雀一丁目(三鷹駅の西側線路の北側)の持ち帰りの鰻専門店「豊駒」は長蛇の列になっている。ここの鰻の美味しいのは皆さんよく知っていらっしゃる。


店でも賄いでスーパー仕様の鰻丼を用意する。

「豊駒」のような高級品はまったく余計なお世話で必要ない作業だが、以前紹介したスーパーで売っている鰻のおいしい食べ方をもう一度紹介する。硬くなった鰻がワンランク上の鰻に変身する。

以下「ためしてガッテン」より引用

「調理済みのかば焼きをおいしくする方法」

スーパーなどでよく売られている、調理済みのかば焼き。真空パックならば湯せんで温めるのが一般的ですが、トレイのパックで売られているかば焼きは、電子レンジで温める人が大多数のようです。
ところが、調理済みのかば焼きは、ただでさえ水分が不足しがちな状態です。それを電子レンジにかけると、水と熱でトロトロになるはずのコラーゲンが、脱水の影響で硬くなってしまいます。特に、水分量の少ない皮は、ゴムのように硬くなりやすいのです。

ガッテン流 関東風かば焼きの作り方
  1. うなぎをバットに入れ、やかんで熱湯をかけて湯洗いし、タレを取る。
    ※熱湯は、うなぎがひたひたになるくらいの量が目安。
  2. 湯をかけたら直ぐに引き上げ、余分な水気をキッチンペーパーでとる。
  3. アルミホイルの上にうなぎを置き、酒小さじ2をふりかけてから包む。
    ※アルミホイルに油を薄く塗るとうなぎがくっつかずに仕上がる。
  4. [3]を魚焼きグリルに入れて3分間ホイル蒸しする。
  5. ホイルの上部を開き、身にたれを塗る。
  6. ホイルを開放した状態のまま、再び1分間グリルで焼く。

以上引用終わり

今日じゃなくとも鰻はおいしい。そして鰻のかば焼きは酒の肴ではなく、やはり白いご飯と一緒に食べるのが最高である。それにおいしい漬け物が添えてあっておいしいお茶があれば、しみじみあぁ日本に生まれてよかった、と思えるのである。

賄いの鰻丼

2014年7月29日火曜日

平成26年7月28日(月) 晴れ

きのう一度雨が降ってから風がかわって涼しいとまではいかないが、重いジトジト感がなくなった。努めて山歩きや散歩に出るようにはしているが、油断するとすぐに体重が増える。きのうの中華、お土産の炒飯は余計だった。まあ元々禁欲的なダイエットをするつもりはないので、美味しい物を美味しくいただけるときはその流れに任せた方がよい。

しかし、よしいい感じになってきた、と実感したときの体重から気がついたら2㎏以上は増えたので、意識的に絞っていこうとは思う。このくらいなら難しくはない。

難しいのは、よしいい感じになってきた、から本来の目標値まであと3㎏が意外と落ちないのだ。そのよしいい感じ、からさらに落とすには、運動と食事の両面を、なんとなくではなく、意識を持ってしっかりやらないと前には進まない。つまり本気になるということである。

しかし何かこういうことで本気になるというのは、体型はともかく、血圧や何か数値で悪いところがあれば、その気にもなりやすいのだろうが、特にどこも悪いところはなく、いたって健康であるのでなかなかそうはならない。自分が何を求めているかである。

夕方店に出ると何か曇ってきたのかな、と思ったらここの上空にだけ暗雲があった。


店を終え帰宅して深夜『おやじの背中』第三話(録画)を観る。倉本聰脚本で出演者も豪華だ。安心して観ていられたが、ラストシーンで主人公の祖父(西田敏行)と孫(広瀬すず)といっても年頃の女子が抱き合う場面があるのだが、あれは現代ではもう普通のことなのだろうか。

日本人同士の場合、若い人たちのスポーツにおけるハイタッチや、親しい者同士のハグなどは珍しくなくなったが、相手の肌に触れない非接触文化は私の中には残っていて、いや世間でもそれがまだ常識というより、意識することのない皮膚感覚のように残っていると思うのだが、だからこそ祖父と孫(年頃の女子)の抱擁、という場面に違和感があったのだ。物語を壊すようなものではないのでそこに引っかかるとドラマを堪能してない、といわれるかもしなれないが、特に女性との肌の接触は日本では長い間性が閉鎖的であり、現代においても身内といえど、そう多くはないのではないか。日本人同士の場合、挨拶の時の握手でさえ一般的ではないはずである。なんか気になるなあ。

ではどうだったらよかったのか。ワンマン社長で普段から怒鳴っている男が、あの場面だけアメリカのグランパパのようなおおらかさを出すから違和感が出るのだ。あそこは祖父との距離を縮めた孫が眼にいっぱい涙を溜め、彼の手ではなくようやく彼の袖をぎゅっと握りしめるくらいの抑えた演出の方が、日本人の感性に訴えると思うのだが。

2014年7月28日月曜日

平成26年7月27日(日) 晴れ

春先に横浜中華街へ行ったとき買ってきた調味料「油辣椒」(ゆらーじゃん)が安くて美味しかったのでまた欲しい、と思っていたのだが、ネットで探しても具入り辣油のような物は沢山あるのだが、なかなかない。

そこでこの猛暑の中ではあるが、家内を誘って三鷹から横浜へ出かけることにした。


もちろんせっかく中華街にまで足を運ぶのだがから、昼食をとることにした。前回飛び込みで入れなかった「萬珍楼」に今日は出る前に予約を入れてある。






紹興酒





コースではなく単品を選んで分けながら食べた。料理がおししいのはもちろんであるが、サービスが行き届いていて心地良い。常に混みあっているのに、雑にならないというのが高級店のよい所である。ごちそうさまでした。

食事を終えて少しぶらぶらしたが、空に黒い雲がでていて怪しい風が吹いているので早めに、お目当ての「油辣椒」をまとめ買い(一個200円×10個)して帰路につく。



三鷹に帰ってきたらひと雨あったようで路面が光っている。風が変わったのか爽やかな風が吹いていた。
お土産の五目炒飯

この「油辣椒」は調理をするときに使うのではなく、後から味に変化をつけるのに使うのがよい。ピーナツオイルを含ませてあるので少ししっとりしていて、見かけほどは全然辛くない。中華の食材だが、色々使える。特にピザとの相性は抜群である。タバスコより使い勝手がよいのである。

2014年7月27日日曜日

平成26年7月26日(土) 晴れ

朝昼兼の、今日はパン食。



 午後、今ホーチミン市に在住の次男夫婦が使用していた、結果的には置いていって預かっている炭酸水メーカー「SODA STREAM」のガスボンベを交換して炭酸水を作る。



何事が起こったのか、とガン見しているのがいた。


なんじゃこれは! 
バーボンソーダかぁ、ワシの好みではないのぉ(笑)



日本は平和である。

2014年7月26日土曜日

平成26年7月25日(金) 晴れ

朝昼兼のパスタ。ガーリック醤油バター味。鷹の爪も入れてます。ある知り合いの新婚の若奥さんが、ご主人に「鷹の爪、買っといて」と云われ、怖いような驚いた顔をして「鷹の爪って、そんな物どこで売っているの?」と聞き返したのがあったなあ(笑)。


昼をまわり、暑いが散歩に出る。おとといの高尾山で汗が噴き出したときに思ったのだ。この時期の外での活動は水分補給は絶対だが、暑さ対策として保冷剤や保冷バッグなどを活用すればかなり凌げるのではないか、と。

そこで早速実験的に、300円で買った保冷剤を入れる構造になっているタオルを頸に巻いて猛暑の中、野川散歩に出る。

天文台通りの植え込みは色々な花が植えられていている。




天文台通りから野川に入る。

草いきれの野川
ワルナスビ
このワルナスビは花は可憐だが実は、評判はよくない。以下「日本の外来生物ファイル」より引用。
ワルナスビが確認されたのは明治時代。千葉県の牧場で、牧草に混じって侵入したとされている。長いトゲは草のあいだを歩くだけでも足に刺さり、軍手をしても抜き取るのは難しい。かといってトラクターなどですき返せば、断片となった地下茎がそれぞれ発芽し、さらに広がってしまう。また種子は土の中で100年以上もの寿命を持ち、地上部を駆逐してもまた芽を出してくる。さらには、全草に毒があって牧場では家畜に中毒を起こし、畑では同じナス科のトマトやジャガイモに被害を与える害虫の温床ともなる。嫌われがちな外来植物の中でも、まあ最悪と言っていい。海外では“悪魔のトマト”とさえ呼ばれるほどだ。
和名を付けたのは日本の植物学の父とも言われる牧野富太郎。彼の命名はイヌフグリ、ママコノシリヌグイ、ハキダメギクなどわかりやすくてユニークなものが多いが、ワルナスビは中でも傑作と言えそうだ。
もっとも、ワルナスビにしたって人に害を与えるために生きているわけじゃない。長いトゲや毒を持つことは、草食動物から身を守るためだし、種子が長い寿命を持つのは、生育にあった環境をひたすら待ち続けるため。実際、在来の植物が繁茂した草原や林の中で群落を作ることは少なく、手入れをされていない道ばたの草むらや、畑地、牧草地などがワルナスビの主な生育場所となっている。
ワルナスビが増え続けているのは、草地の管理方法が変わってきていることもある。かつての里山では、土手や畦はヤマユリやミソハギ、ワレモコウといった花を残して手作業による草刈りが行われていたが、現在では機械を使った全面的な刈り倒し作業となっている。その結果、草刈りに弱い在来種が消え、ワルナスビのような成長力のある外来種を育てることになってしまった。
ワルナスビの群生は、衰退し、人手不足となった里山農業の象徴かもしれないのだ。


ハギ(萩)


この辺りは手が入り刈り込まれているので気持ちよく歩けるが、暑い~。それでも頸の保冷剤が少しは効いていて、汗は出るが、噴き出すほどではない。保冷剤の大きさにもよるが、冷凍庫から出して、炎天下の中だと効いている実感がするのは30分くらいか。なので、高尾山などの低山山歩きに使うには保冷バッグに予備が要ることになる。他に化学反応を利用した使い捨て「ヒヤロン」も使えそうだ。

考えてみれば、そんなことに知恵を絞るより高い山に行けばいいだけだとは思う(笑)。

野川から天文台の裏にまわる。


天文台の竹林
また少し進んだ工事

帰宅して頸に巻いていたタオルの保冷剤を取り出す。見事に融けきって温くなっていた(笑)。さあ、シャワーを浴びて仕事仕事。

2014年7月25日金曜日

平成26年7月24日(木) 曇り夕方から一時雷雨

朝昼兼のパスタ。ソースは手抜きのレトルトのミートソース。




ずぼら料理研究家で知られる奥園壽子(おくぞのとしこ)のレシピにビーフンミートソースというのがある。挽肉を炒めながら、おろし金を使って上からトマトや玉ねぎをどんどんすり下ろして完成させる、という荒技で、これは一見乱暴に見えるのだが、実際同じように作ってみると、手抜きというより、調理の手順や道具を少なくして極力無駄を省いた合理的考えに基づいていていることがよく解る。しかしレトルトには勝てない(笑)。

雲行きが怪しい。




開店前に賄いの唐揚げとコロッケ。今日は高カロリーでチープな食事の連続になる。アメリカの低所得者層に肥満が多いのは、ジャンクフードと呼ばれるハンバーガー・ホットドッグ・フライドチキンなどが低価格で広く行き渡っているからで彼らは「お金が余っているから太っている」のではなく、お金がないからジャンクフードを買わざるをえない構造があるのは周知のことである。


店を開けてからまだ暮れる時間ではない六時前に、外が妙に暗くなり空がくすんだ黄土色になっている。そこから降り始めた激しい雷雨は一時間以上続き、途中で久しぶりに停電も一度あった。日本の一般的常識では「停電はないもの」である。日本の電力の品質、停電率の低さは世界一であることはもちろんであるが、これを維持してゆく膨大な人件費、高品質のケーブルなどランニングコストのメンテナンス用部品、熱源となる石油など、総コストも発電量に対してはおそらく世界一だろう。電気代が目に見えて高くなってきた。いかんいかん、これを語り出すと話が熱くなるので、このブログでは自ら封印することとする。