昨晩、10時過ぎに眠くなりそのまま部屋に戻って寝てしまったら午前3時に目が覚めてからは、ラジオをつけてうとうとしながら一時間おきに目を覚ましていた。こんな睡眠の取り方では寝不足になるのでは、と思うがとくに寝足りないという感覚はない。6時過ぎに離床。コーヒーを淹れてくる。
プライムミュージックのボサノバを流してブログの更新。
今日は勤務日。朝のルーティン、新聞とシェイク。
出勤。(・・・・・・仕事中・・・・・・)
17時定時終了。通勤は片道約1km、10分そこそこで帰宅する。
体重管理は現状維持で停滞気味。これを突き抜けるにはどうすればよいか、は分かっている。朝昼はプロテインシェイクに置き換えていて、間食はしないから、食事に関しては晩酌を見直すか、厳しくいえば禁酒しかない。あとは平行して水泳とウエイトトレーニングを計画的に始めれば減量は加速するだろう。8月の誕生日までに目標値を達成したいと思っているが最初ほど順調には落ちなくなった。始めてから5kg減は早かったのに、とりあえずあと3kg落とせば70kgを割る。20代の頃はヤセで50kg台だったというのに、加齢による基礎代謝の低下が一番大きいのだろうなあ。いくら大食いをしても太らなかったのに、減量で苦労することになるとはね。
おととい、鷹取山から下ったとき、細いトラバースに苦労したと書いたが、後でGPSのトラックログを国土地理院の地形図に照らし合わせてみたら、辛うじて踏み跡はあったが登山道ではない等高線上を辿っていたのだ。
よい子は絶対に入らぬように(笑)。近年、冗談じゃなく中高年、それも単独行の遭難が増えている。自分の技術、体力を過信せぬことだ。若い頃、北アルプスの高山をガンガン詰めていたというようなベテランでも、還暦を過ぎて同じ体力があるはずがない。
この3月にも、奥多摩の東日原から独りで入山し、日帰りでヨコスズ尾根~天目山(ミツドッケ)~蕎麦粒山~鳥屋戸(とやど)尾根を下った方が行方不明になっている。この鳥屋戸尾根がくせもので、尾根が四つに分かれていて下りに使うには非常に難しいルートだそうだ。地図では破線ルートで「入らないように」という注意書きがある。
低くても山は山、私もソロで動くので妙な冒険心を出さぬよう心しておこう。
2017年5月7日日曜日
2016年10月26日水曜日
平成28年10月25日(火) 晴れ 「松浦本」
リビングでコーヒーと新聞。
朝昼兼、鶏もものソテーとローカーボパン、牛乳。
午後、図書館から予約してあった本が届いたというメールが入り、借りに行く。
山歩きのベテランハイカー(健脚者)の間ではバイブルとされている、いわゆる「松浦本」の新版である。これまで「静かなる尾根歩き」「バリエーションルートを楽しむ」「バリエーションハイキング」の三冊が上梓されていて今年四冊目が出版された。
「静かなる」や「バリエーション」などのタイトルの通り、昭文社の「山と高原の地図」通称エアリアマップなどを歩き尽くした人たちが、国土地理院の地形図とコンパスを頼りに、地図にはない道を歩くというもので、山の中では一日中誰にも遭わないことは珍しくないという。なので読図ができること、コンパスが使えることは必須で、やぶ漕ぎ、急登、急降下などが待ち構えているから最低でも中級者以上の経験がないとこの本は役に立たない。
私は健脚者ではないが、そこそこは歩いていて近郊の山の地図は頭の中にそれなりには出来ているから、まったくのちんぷんかんぷんではないが、中身は凄くて、私程度では単独行は不安になる。まるで「マタギか!」とツッコミを入れたくなるような内容で、例えば下の写真の④景信山西面の水平路などは初めて知った。守谷地図にも出ていない。
記述はこんな感じだ。
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2014年9月25日木曜日
平成26年9月24日(水) 曇り、夜になり雨 「山での転倒について」
きのうの山歩きはなかなかタフな道のりだったので翌日の筋肉痛を覚悟していたが、大丈夫だった。運動会の次の日の心地良い気だるさのような、長時間運動をした後の倦怠感は残っている。
きのうの山での転倒を改めて考えてみた。一日空いたので少しは客観的に振り返ることが出来ると思う。
転んだときは、地面に叩きつけられた衝撃が先に来て、一瞬遅れてから、あっ!となった。次にきたのは何故???だった。
自分が転倒しているにもかかわらず、どこか他人事のようで、右こめかみの上辺りに痺れるような痛みが走って自分に戻った。
まず起き上がり(落ち着け)と自分に言い聞かせ、怪我をチェックする。頭以外は腕に軽い擦り傷が出来たくらいで、幸いにも怪我はなかった。
衝撃を一番吸収したのは両掌の平だった。柔道の受け身のような格好で前に倒れたのだ。このルートは急なアップダウンが多いので万一に備えて手袋を着けていた。その万一が起こり、手袋は役目を果たした結果になる。
頭の痛む箇所に手を当てると指先が赤く濡れていた。滲むような出血だったので、タオルで鉢巻きにして押さえる。これで大丈夫だろうと判断する。
しかし、頭を打つということは、今から思うと、自分では平な所と思っていたが、実はゆるやかな下りだったのだろう。うっかり躓いて、前に倒れ、下りだから勢いがつき、両手だけでは衝撃を受けきれず、しなるように頭部を地面に打ちつけた、というのが一番説明がつく。
今回はこの程度ですんでいるが、転倒は大事故に繋がるおそれがある。想像を膨らませばきりがないが、転んだ先の頭の位置に大きな岩があったら・・・・・、転んだ場所が悪くて弾みで滑落していたら・・・・・、など実例がありそうな想像がすぐに思いつく。
杖をついている老人が転ぶのではない。
今回の私の転倒時も、疲労が溜まっていたわけではなく、夜道でもない。高尾山の主脈ルートとは違う、北高尾山稜の険しい道なので決して油断をしていたのではない。
それでも転んだ。だから最初何が起きたのか判らなかったのだ。急な下りで腰が引けて尻餅をついたという話ではない、予想出来なかったまさかの転倒だった。
もう10年近く前なので書くが、知人の40代の女性がトレラン(山岳ランニング)中に転倒滑落死した事故があった。
山での転倒は体力や年齢に関係なく誰にでも起きる事である。身をもって知る。たんこぶだけで本当によかったと思う。
夕方の空はだんだんと雨雲が広がりつつある。
きのうの山での転倒を改めて考えてみた。一日空いたので少しは客観的に振り返ることが出来ると思う。
転んだときは、地面に叩きつけられた衝撃が先に来て、一瞬遅れてから、あっ!となった。次にきたのは何故???だった。
自分が転倒しているにもかかわらず、どこか他人事のようで、右こめかみの上辺りに痺れるような痛みが走って自分に戻った。
まず起き上がり(落ち着け)と自分に言い聞かせ、怪我をチェックする。頭以外は腕に軽い擦り傷が出来たくらいで、幸いにも怪我はなかった。
衝撃を一番吸収したのは両掌の平だった。柔道の受け身のような格好で前に倒れたのだ。このルートは急なアップダウンが多いので万一に備えて手袋を着けていた。その万一が起こり、手袋は役目を果たした結果になる。
頭の痛む箇所に手を当てると指先が赤く濡れていた。滲むような出血だったので、タオルで鉢巻きにして押さえる。これで大丈夫だろうと判断する。
しかし、頭を打つということは、今から思うと、自分では平な所と思っていたが、実はゆるやかな下りだったのだろう。うっかり躓いて、前に倒れ、下りだから勢いがつき、両手だけでは衝撃を受けきれず、しなるように頭部を地面に打ちつけた、というのが一番説明がつく。
今回はこの程度ですんでいるが、転倒は大事故に繋がるおそれがある。想像を膨らませばきりがないが、転んだ先の頭の位置に大きな岩があったら・・・・・、転んだ場所が悪くて弾みで滑落していたら・・・・・、など実例がありそうな想像がすぐに思いつく。
杖をついている老人が転ぶのではない。
今回の私の転倒時も、疲労が溜まっていたわけではなく、夜道でもない。高尾山の主脈ルートとは違う、北高尾山稜の険しい道なので決して油断をしていたのではない。
それでも転んだ。だから最初何が起きたのか判らなかったのだ。急な下りで腰が引けて尻餅をついたという話ではない、予想出来なかったまさかの転倒だった。
もう10年近く前なので書くが、知人の40代の女性がトレラン(山岳ランニング)中に転倒滑落死した事故があった。
山での転倒は体力や年齢に関係なく誰にでも起きる事である。身をもって知る。たんこぶだけで本当によかったと思う。
夕方の空はだんだんと雨雲が広がりつつある。
2014年7月6日日曜日
平成26年7月5日(土) 小雨のち曇り
午後1時半から始まる「登山事故防止講演会」を聴きに国分寺に行く。場所は国分寺駅ビル「セレオ国分寺」の8階Lホール。
三鷹駅北口の登山用品店「むさしの山荘」の大賀さん。朴訥な人柄がにじみ出ている。
金(こん)さん自身根っからの山屋で若い頃から谷川岳、剱岳、穂高岳などの岩場をやり、グランドジョラス、マッターホルン、アイガーのアルプス三大北壁を登頂されている。
山岳救助隊隊員の現場の本音が聴けたのは面白かった。
山中で捻挫をし動けない、との要請を受け出動し70㎏もある男性を背負って下山したとき、救助された男性が発したひと言。
「もう大丈夫ですから電車で帰ります」
呆れて、ものが言えなかったそうだ。現場での隊員の本音(そりゃないだろ、せめて今から直ぐに病院にいくのなら解るが、自力で電車に乗れる人が救助要請をするか)
そりゃそうだろう。救助要請を受け訓練された隊員が5人チームで出動し、交代で男性を背負い苦労して下山したのだ。その人命救助第一をいいように利用され、駕籠かき代わりに使われた腹立たしさがある。
山に行くなら「矜恃をもってください」とお話しされたのが印象的だった。
ダブルストック(両手持ちの杖)の危険性も指摘されていた。両手持ちの場合、バランスを崩したとき瞬時にストックを離すことが出来ないため、手を着いたりして体を支えられず滑落してしまうケースがしばしばあるそうだ。
ストックを使うのは、体力も技術もある上級者が、何十㎏もの重い装備を背負って長く険しい山行をするようなときは補助的な道具として、とても役に立つのだが、脚力のない初級者が体力をカバーするという目的での使用は奨められない、とおっしゃっていた。これは私も前から思っていることで、全く同感だった。それにしてもどの山に行ってもストックを持っている人の多いこと、一種のファッションである。
帰宅してから届け物を開ける。神戸の友人M子さんからだった。
関東では、「だだちゃ豆」ブランドに代表される、山形庄内の枝豆が有名だが、関西ではこの丹波黒豆の枝豆が一番である。
同包されていた「小鼓」の純米大吟醸。
まだ七月に入ったばかりでこの日付。
今日はたまたま夜に長男夫婦、長女とその相方が来ることになっている。実にグッドタイミングでいただいた。ありがとう、この場を借りて御礼もうあげます。心して味わうことにする。
| むさしの山荘のご主人:大賀さん |
| 元警視庁青梅署山岳救助隊副隊長:金邦夫(こん・くにお)氏 |
山岳救助隊隊員の現場の本音が聴けたのは面白かった。
山中で捻挫をし動けない、との要請を受け出動し70㎏もある男性を背負って下山したとき、救助された男性が発したひと言。
「もう大丈夫ですから電車で帰ります」
呆れて、ものが言えなかったそうだ。現場での隊員の本音(そりゃないだろ、せめて今から直ぐに病院にいくのなら解るが、自力で電車に乗れる人が救助要請をするか)
そりゃそうだろう。救助要請を受け訓練された隊員が5人チームで出動し、交代で男性を背負い苦労して下山したのだ。その人命救助第一をいいように利用され、駕籠かき代わりに使われた腹立たしさがある。
山に行くなら「矜恃をもってください」とお話しされたのが印象的だった。
ダブルストック(両手持ちの杖)の危険性も指摘されていた。両手持ちの場合、バランスを崩したとき瞬時にストックを離すことが出来ないため、手を着いたりして体を支えられず滑落してしまうケースがしばしばあるそうだ。
ストックを使うのは、体力も技術もある上級者が、何十㎏もの重い装備を背負って長く険しい山行をするようなときは補助的な道具として、とても役に立つのだが、脚力のない初級者が体力をカバーするという目的での使用は奨められない、とおっしゃっていた。これは私も前から思っていることで、全く同感だった。それにしてもどの山に行ってもストックを持っている人の多いこと、一種のファッションである。
帰宅してから届け物を開ける。神戸の友人M子さんからだった。
関東では、「だだちゃ豆」ブランドに代表される、山形庄内の枝豆が有名だが、関西ではこの丹波黒豆の枝豆が一番である。
同包されていた「小鼓」の純米大吟醸。
まだ七月に入ったばかりでこの日付。
今日はたまたま夜に長男夫婦、長女とその相方が来ることになっている。実にグッドタイミングでいただいた。ありがとう、この場を借りて御礼もうあげます。心して味わうことにする。
2014年6月3日火曜日
平成26年6月2日(月) 晴れ 「独りの山歩き」
週二回くらいの割合で山に行っている。ピッチャーのローテーションの中4日、中5日より間隔が短い。間隔だけでいえば比叡山の千日回峰行みたいになってきた。間隔だけでいえばね(笑)。
裏高尾のだれもいない静かな小径を歩いていて、山の空気に包まれているとき、心も時間も全くの等身大になっていることを感じてすがすがしい。世間での自分の役割とは無縁の世界、山と、今歩いている己の生の肉体があるのみの単純明快な時間に心をあずけられることが快適なのだ。
男も女も人は歳を重ねて、世間においては地位や名誉、財産など、私的な家族や縁戚においてはだんだんと変化する役割など、見えるもの見えないもの、いろいろなものが体にペタペタと貼り付いてきて、それらを含めてそれが人というものだろうが、そうして社会の中で人は、特に男は小心をひた隠して原寸大の自分から遠ざかってゆく。女は知人の幸せを妬み、知人の不幸を澄ました顔でほくそ笑むようになる。
しかし人には、たとえ表面上は見えなくとも、無垢な部分、子供の心の領域というのは経年劣化してガタがきているとはいえ、それ自体光り輝いているものだから、けっして汚れず残っているのでないかと私は思うのである。
その子供の領域を楽しむことを趣味というのならそうなのかもしれない。
しかし同じ趣味同士が集まりそこに新たな社会が構成されるとき、人の軋轢が生まれたりする。私はそれを好まないゆえ、若い頃から群れることは極力避けてきた。なので、そういったグループと呼ばれるものに所属したことは一度もない。
少年や少女の頃味わった、何かに夢中になって何も考えない、忘我の状態に、一時的に戻ることを助ける役割、私にとってそれが今のところ「独りの山歩き」なのである。
と、言葉を探して理屈をこねておいて、昼ご飯は空っぽの冷蔵庫にあった納豆で和風パスタにする。
「思索」と「納豆」の落差の大きいこと(笑)。
裏高尾のだれもいない静かな小径を歩いていて、山の空気に包まれているとき、心も時間も全くの等身大になっていることを感じてすがすがしい。世間での自分の役割とは無縁の世界、山と、今歩いている己の生の肉体があるのみの単純明快な時間に心をあずけられることが快適なのだ。
男も女も人は歳を重ねて、世間においては地位や名誉、財産など、私的な家族や縁戚においてはだんだんと変化する役割など、見えるもの見えないもの、いろいろなものが体にペタペタと貼り付いてきて、それらを含めてそれが人というものだろうが、そうして社会の中で人は、特に男は小心をひた隠して原寸大の自分から遠ざかってゆく。女は知人の幸せを妬み、知人の不幸を澄ました顔でほくそ笑むようになる。
しかし人には、たとえ表面上は見えなくとも、無垢な部分、子供の心の領域というのは経年劣化してガタがきているとはいえ、それ自体光り輝いているものだから、けっして汚れず残っているのでないかと私は思うのである。
その子供の領域を楽しむことを趣味というのならそうなのかもしれない。
しかし同じ趣味同士が集まりそこに新たな社会が構成されるとき、人の軋轢が生まれたりする。私はそれを好まないゆえ、若い頃から群れることは極力避けてきた。なので、そういったグループと呼ばれるものに所属したことは一度もない。
少年や少女の頃味わった、何かに夢中になって何も考えない、忘我の状態に、一時的に戻ることを助ける役割、私にとってそれが今のところ「独りの山歩き」なのである。
と、言葉を探して理屈をこねておいて、昼ご飯は空っぽの冷蔵庫にあった納豆で和風パスタにする。
「思索」と「納豆」の落差の大きいこと(笑)。
2014年5月27日火曜日
平成26年5月26日(月) 曇り夜遅くなり雨
きのう私にしては長い距離の山歩きをしたので、一晩寝て脚に痛みがでるかなと思っていたが、何ともなかった。素直に体力の向上を感じる。総距離14㎞、休憩を除いて五時間を超える山歩きにもようやく耐えられるようになったのだ。
翌日に回復しているのは、前日の行動に無理がなかったということになる。今日「山に行くか?」と誘われれば行ける状態である。
山歩きをしていて思うことがある。最近は山ブームのおかげで高尾山縦走路では、若い女性の姿が多く見かけられるのだが、両手ストックを使っている人が案外と多い。ストック(トレッキング・ポール)といえば聞こえがよいが、要するに「杖」のことである。元来「杖」というのは、足腰の弱ったお年寄りや病気の人が補助的に使う物であって、若い健康な人が使うものではない。
実際、街を歩いていて「杖」をついた健康そうな若者を見かけることはまずない。それは山歩きにおいても、そんなに変わるものではないと思う。
昔はそういうものは使わなかった、という今と昔を比較して頑迷に道具の進化を拒むつもりは全くない。(戦前は地下足袋信奉者が現在のような登山靴を拒む時代があった、というのを読んだことがある)
道具というのは、必要から生まれる。なのでストックを否定するものではない。しかし近頃の山ファッションを見ていると、ストックなどは先に道具ありきで、もちろん使いようなのだが、要らないと思われる山に持ち込んでかえって不自由になっているような気がするのは、私の偏見だろうか。
急な下りなどはストックに頼るより、両手を空けて手袋をして、木の根や掴みやすい岩などを利用して下りた方が、安全で速いことはいうまでもないのだが、ストックに頼ってバランスを崩しそうな危なっかしいのを何度も見かけたことがある。
第一軽いといっても片方で300g以上はあるのだ。ストックを長時間持つのと、手ぶらでは疲れも違うはずである。
ストックを使うというのは、自分の足でバランスをとりしっかり山を歩けるようになってからのほうがよいと、私は思う。「みんなが使っているから」「せっかく買ったのに使わないともったいない」という理由で使っている人が多そうだ。
「余計なお世話」という話ではある(笑)。
昼を回って吉祥寺に出る。きのうの山で暑かったので、夏山用のズボンを見に行く。
昼がまだだったので「天下一品」のこってりラーメンを食べる。久しぶりだ。関西を思い出す懐かしい味だ。
食事後、丸井に昨年入ったアウトドア用品店「モンベル」にゆく。
夏用の涼しそうなストレッチ・パンツを購入し、すぐに三鷹に帰る。
吉祥寺と三鷹は電車でわずか2分の距離の隣町だが、吉祥寺はデパートのある大きな商業圏を持ち賑わっていて、三鷹はのんびりした住宅地で、街と町の違いが明確である。そのどちらも日常の私の生活に深く関わっている。
翌日に回復しているのは、前日の行動に無理がなかったということになる。今日「山に行くか?」と誘われれば行ける状態である。
山歩きをしていて思うことがある。最近は山ブームのおかげで高尾山縦走路では、若い女性の姿が多く見かけられるのだが、両手ストックを使っている人が案外と多い。ストック(トレッキング・ポール)といえば聞こえがよいが、要するに「杖」のことである。元来「杖」というのは、足腰の弱ったお年寄りや病気の人が補助的に使う物であって、若い健康な人が使うものではない。
実際、街を歩いていて「杖」をついた健康そうな若者を見かけることはまずない。それは山歩きにおいても、そんなに変わるものではないと思う。
昔はそういうものは使わなかった、という今と昔を比較して頑迷に道具の進化を拒むつもりは全くない。(戦前は地下足袋信奉者が現在のような登山靴を拒む時代があった、というのを読んだことがある)
道具というのは、必要から生まれる。なのでストックを否定するものではない。しかし近頃の山ファッションを見ていると、ストックなどは先に道具ありきで、もちろん使いようなのだが、要らないと思われる山に持ち込んでかえって不自由になっているような気がするのは、私の偏見だろうか。
急な下りなどはストックに頼るより、両手を空けて手袋をして、木の根や掴みやすい岩などを利用して下りた方が、安全で速いことはいうまでもないのだが、ストックに頼ってバランスを崩しそうな危なっかしいのを何度も見かけたことがある。
第一軽いといっても片方で300g以上はあるのだ。ストックを長時間持つのと、手ぶらでは疲れも違うはずである。
ストックを使うというのは、自分の足でバランスをとりしっかり山を歩けるようになってからのほうがよいと、私は思う。「みんなが使っているから」「せっかく買ったのに使わないともったいない」という理由で使っている人が多そうだ。
「余計なお世話」という話ではある(笑)。
昼を回って吉祥寺に出る。きのうの山で暑かったので、夏山用のズボンを見に行く。
昼がまだだったので「天下一品」のこってりラーメンを食べる。久しぶりだ。関西を思い出す懐かしい味だ。
食事後、丸井に昨年入ったアウトドア用品店「モンベル」にゆく。
夏用の涼しそうなストレッチ・パンツを購入し、すぐに三鷹に帰る。
| 吉祥寺駅一番線ホームより反射しているのではなく、ガラス越しに井の頭線が見える |
吉祥寺と三鷹は電車でわずか2分の距離の隣町だが、吉祥寺はデパートのある大きな商業圏を持ち賑わっていて、三鷹はのんびりした住宅地で、街と町の違いが明確である。そのどちらも日常の私の生活に深く関わっている。
2013年12月2日月曜日
平成25年12月1日(日) 晴れ
午前中に、店の仕込み関係の買い物で車を出す。今日も快晴で晴れ渡っている。こんなに気持ちよく晴れた休日に、街の中にいることがもったいない。山は行き始めるとクセになり、天気が良ければ行きたくなるが、なかなか思い通りにはいかないのが現実である。
今日は家で静かに過ごすことにする。動と静、緊張と弛緩が適度にあるのが健康的な生活である。
「明王峠道迷い事件」をまだ引きずっている私は、別の言い方をすれば不謹慎かも知れぬが、面白がっている私は、大袈裟ではあるが三鷹図書館のHPの在庫検索で「遭難」で探すと、あるわあるわ
『死者は還らずー山岳遭難の現実ー』
『遭難のしかた教えます-安全登山のための辛口レクチャー』
『山岳遭難の構図-すべての事故には理由がある-』
列挙していたらきりがないくらいあった。それだけ事故も多いということだろう。厳冬期の3000㍍級の山へ出かけていくような上級者の遭難話は初心者からは一見他人事のようだが、ちょっとした判断ミス、気の緩みが取り返しの付かない結果を招くという意味では、例えば高尾山といえど足を挫いて動けなくなり自力では下りられなくなればこれは遭難であるから、上級者の話に学ぶことは多いはずだ。
いくつかリストアップしておいて次の開館日に借りてこよう。
遭難といえば若い頃読んだ『風雪のビバーク』松涛明著を思い出す。この本は私の生まれる前に起きた古い時代の遭難記録である。槍ヶ岳、北鎌尾根で友人と二人で遭難しそのときの状況を克明に綴った遺書と記録である。詳しい内容は忘れたが、最期まで友人を思い遣る心使いに感動したのを覚えている。
ブルーレイに録画してある『にっぽん百名山・槍ヶ岳』を観る。
日本で5番目に高い山で標高3180㍍の登山愛好者憧れの山である。今の私は映像を見るだけで十分満足している。私とは世界も次元も違う。
三浦雄一郎氏の最高齢エベレスト登頂が話題になったとき、批判的な意見があったが、上級者の厳密な登山観はともかく、8848㍍の山の厳しさは私などには想像もつかない。
ここ数日山のことばかり書いているなあ。
今日は家で静かに過ごすことにする。動と静、緊張と弛緩が適度にあるのが健康的な生活である。
「明王峠道迷い事件」をまだ引きずっている私は、別の言い方をすれば不謹慎かも知れぬが、面白がっている私は、大袈裟ではあるが三鷹図書館のHPの在庫検索で「遭難」で探すと、あるわあるわ
『死者は還らずー山岳遭難の現実ー』
『遭難のしかた教えます-安全登山のための辛口レクチャー』
『山岳遭難の構図-すべての事故には理由がある-』
列挙していたらきりがないくらいあった。それだけ事故も多いということだろう。厳冬期の3000㍍級の山へ出かけていくような上級者の遭難話は初心者からは一見他人事のようだが、ちょっとした判断ミス、気の緩みが取り返しの付かない結果を招くという意味では、例えば高尾山といえど足を挫いて動けなくなり自力では下りられなくなればこれは遭難であるから、上級者の話に学ぶことは多いはずだ。
いくつかリストアップしておいて次の開館日に借りてこよう。
遭難といえば若い頃読んだ『風雪のビバーク』松涛明著を思い出す。この本は私の生まれる前に起きた古い時代の遭難記録である。槍ヶ岳、北鎌尾根で友人と二人で遭難しそのときの状況を克明に綴った遺書と記録である。詳しい内容は忘れたが、最期まで友人を思い遣る心使いに感動したのを覚えている。
ブルーレイに録画してある『にっぽん百名山・槍ヶ岳』を観る。
日本で5番目に高い山で標高3180㍍の登山愛好者憧れの山である。今の私は映像を見るだけで十分満足している。私とは世界も次元も違う。
三浦雄一郎氏の最高齢エベレスト登頂が話題になったとき、批判的な意見があったが、上級者の厳密な登山観はともかく、8848㍍の山の厳しさは私などには想像もつかない。
ここ数日山のことばかり書いているなあ。
2013年12月1日日曜日
平成25年11月30日(土) 晴れ
『明王峠道間違い事件』を引っ張るようで悪いが、間違えたのが悔しいのと、もしかしてあのポイントは間違いやすいのでないか、と思い少し時間をかけて調べてみた。
きのうリンクを貼った方以外でも同じ間違いをして相模湖方面に下りてしまった、という報告がいくつか見つかった事は書いた。
中でも、高尾山系にとても詳しい方が書かれているブログに『道迷い』というタイトルで、明王峠のコースミスが高尾山系の中で最も多いことを指摘されていた。
高尾評論 「道迷い」
以下引用
逆側、高尾~景信山方面からの縦走ではこの間違いをおかす事は考えにくい。この間違いは陣馬山から景信山に向かう時に多く見られるということだ。
つまりY字を下からなぞって分岐を右に行くと相模湖方面、左に行くと景信山方面という構造になっている。そして右に分岐した先、縦走路ではない明るい方に茶屋と休憩所及びトイレが設営されている。
事実、私も明るいそちらの方に目が行き、手前の分岐は見ているにもかかわらず結果的に見えていなかった。
景信山に向かう本来の道は、引用にもあるように「斜め左の杉林の暗い感じがする方向」が正解だと書かれている。
何か隠しダンジョンの扉を発見するような気分になってきた(笑)。今度いつ行こうかな。
しっかり整備された世界で最も多くの登山者で賑わう高尾山でも、こういった場所があるので気をつけなさいよ、ということだ。
イギリスでは多くの人が訪れる低山のハイキング登山のようなコースでもほとんど標識らしきものはないそうだ。これは整備が遅れているのでも不親切でも勿論なく山に入る者は地図とコンパスを用意して自分の頭で判断して歩きなさい、ということで数々の近代スポーツの発祥の国、冒険の国らしい、つまるところは自己責任の世界である。
三鷹駅周辺の木々もすっかり晩秋から初冬の風情になってきた。
きのうリンクを貼った方以外でも同じ間違いをして相模湖方面に下りてしまった、という報告がいくつか見つかった事は書いた。
中でも、高尾山系にとても詳しい方が書かれているブログに『道迷い』というタイトルで、明王峠のコースミスが高尾山系の中で最も多いことを指摘されていた。
高尾評論 「道迷い」
以下引用
高尾山域で道迷いをしたという情報が一番多いのは、明王峠だ。引用終わり
陣馬山から陣馬高尾縦走路を景信山へ向かうつもりが、相模湖駅の方へ降りてしまうのだ。
陣馬高尾縦走路は、斜め左の杉林の暗い感じがする方向へ進むのが正解だ。
ただ、トイレに沿った明るい階段を下りたくなってしまうのだ。
次に多いのが小仏峠で、景信山から来て、小仏バス停に下るケースが多い。
陣馬高尾縦走路を行くには、廃屋の右側を通り、再び登るのが正解だ。
その次に多いのが景信山頂で、やはり小仏バス停に下ってしまう。
陣馬高尾縦走路を高尾山方面に行くには、直角に右折し、まず1軒目の茶屋の軒先の左を通り、次に2軒目の茶屋の右を通るのが正解だ。
それから、よく言われることだが、迷ったら、又は迷ったようだと思ったら、とにかく引き返すことだ。
たとえ上り坂でも、戻りに要する時間は思ったより短い。
逆側、高尾~景信山方面からの縦走ではこの間違いをおかす事は考えにくい。この間違いは陣馬山から景信山に向かう時に多く見られるということだ。
つまりY字を下からなぞって分岐を右に行くと相模湖方面、左に行くと景信山方面という構造になっている。そして右に分岐した先、縦走路ではない明るい方に茶屋と休憩所及びトイレが設営されている。
事実、私も明るいそちらの方に目が行き、手前の分岐は見ているにもかかわらず結果的に見えていなかった。
景信山に向かう本来の道は、引用にもあるように「斜め左の杉林の暗い感じがする方向」が正解だと書かれている。
何か隠しダンジョンの扉を発見するような気分になってきた(笑)。今度いつ行こうかな。
しっかり整備された世界で最も多くの登山者で賑わう高尾山でも、こういった場所があるので気をつけなさいよ、ということだ。
イギリスでは多くの人が訪れる低山のハイキング登山のようなコースでもほとんど標識らしきものはないそうだ。これは整備が遅れているのでも不親切でも勿論なく山に入る者は地図とコンパスを用意して自分の頭で判断して歩きなさい、ということで数々の近代スポーツの発祥の国、冒険の国らしい、つまるところは自己責任の世界である。
三鷹駅周辺の木々もすっかり晩秋から初冬の風情になってきた。
| 三鷹駅北口・ロータリー前 |
2013年11月30日土曜日
平成25年11月29日(金) 晴れ
きのうの明王峠でのルートミスはどうして起こったのだろう。陣馬山頂到着はちょうど正午12:00でそこから奈良子峠、明王峠、堂所山(どうところやま)、底沢峠を経て景信山までの縦走路5.6㎞約2時間の予定だった。
間違うはずがないのだ。しかし事実間違って相模湖方面に下りてしまった。普通あり得ないあまりにも単純なミスだけに今から思うと不思議で仕方ない。明王峠で何が起こったのか?考えてみる。
奈良子峠の標識からほどなく明王峠の茶屋の休憩所が見えてくる。昔ここを通った事はあるが、ずいぶん前なので見覚えはなく初めてのようなものだ。その休憩所のテーブルとベンチは昼食休憩の方が利用していた。まずそちらに目がいった。トイレがあるのも確認した。そして私は休憩を入れずにその先にそのまま進んだのだ。
そして何か下りが急だなあ、と思っていたら・・・・あれ~林道にでちゃった。
帰ってから撮影した写真を見てみると、明王峠の茶屋のところで振り返った写真に標識が写っている。ということは、休憩所の手前に縦走路の分岐があったのだ。私はそれを見落としていた。先に休憩所に目がいったのと、休憩所は縦走コース上にあるものと思い込んでいたのだ。それと間違ったコースを下り始めたとき、一瞬だが、ほんの一瞬(これでいいのかな)と思ったことは思ったのだ。この一瞬の勘を大切にして、再確認するくらいの慎重さが必要だった、と後からならいくらでも言える。
相模湖に下りるコースの最後のところに、注意をうながすというか確認用の「相模湖→」と書いた標識があれば間違わなかったのだが。まさかそれもあったのを私は見落としていたのだろうか。
もしかして私と同じ間違いをした記録がネットにあるかな、と思い探したら、やはりいくつかあった(笑)。
私と同じコースミスをした方の記録
私とまったく同じコース同じ間違い方だった。違ったのは林道に出てから、私はそのまま相模湖まで進んだ事、この方は下りてきた道を登り返し元の明王峠まで戻ったという事だ。本来は山で迷ったら分かる路まで引き返すのが鉄則だが、今回はミスとはいえ相模湖ルートも標識のあるコースであるから、迷って道が分からなくなった、という深刻な話ではなかったので私は急遽予定を変更したのだ。
明王峠でのコースミスをする例は表に出ないだけで、他にも数がありそうな気がしてきた。
いずれにしても不注意が招いたミスではある。近いうちにもう一度『明王峠迷走事件』の検証に行ってみようと思う。
間違うはずがないのだ。しかし事実間違って相模湖方面に下りてしまった。普通あり得ないあまりにも単純なミスだけに今から思うと不思議で仕方ない。明王峠で何が起こったのか?考えてみる。
奈良子峠の標識からほどなく明王峠の茶屋の休憩所が見えてくる。昔ここを通った事はあるが、ずいぶん前なので見覚えはなく初めてのようなものだ。その休憩所のテーブルとベンチは昼食休憩の方が利用していた。まずそちらに目がいった。トイレがあるのも確認した。そして私は休憩を入れずにその先にそのまま進んだのだ。
そして何か下りが急だなあ、と思っていたら・・・・あれ~林道にでちゃった。
帰ってから撮影した写真を見てみると、明王峠の茶屋のところで振り返った写真に標識が写っている。ということは、休憩所の手前に縦走路の分岐があったのだ。私はそれを見落としていた。先に休憩所に目がいったのと、休憩所は縦走コース上にあるものと思い込んでいたのだ。それと間違ったコースを下り始めたとき、一瞬だが、ほんの一瞬(これでいいのかな)と思ったことは思ったのだ。この一瞬の勘を大切にして、再確認するくらいの慎重さが必要だった、と後からならいくらでも言える。
相模湖に下りるコースの最後のところに、注意をうながすというか確認用の「相模湖→」と書いた標識があれば間違わなかったのだが。まさかそれもあったのを私は見落としていたのだろうか。
もしかして私と同じ間違いをした記録がネットにあるかな、と思い探したら、やはりいくつかあった(笑)。
私と同じコースミスをした方の記録
私とまったく同じコース同じ間違い方だった。違ったのは林道に出てから、私はそのまま相模湖まで進んだ事、この方は下りてきた道を登り返し元の明王峠まで戻ったという事だ。本来は山で迷ったら分かる路まで引き返すのが鉄則だが、今回はミスとはいえ相模湖ルートも標識のあるコースであるから、迷って道が分からなくなった、という深刻な話ではなかったので私は急遽予定を変更したのだ。
明王峠でのコースミスをする例は表に出ないだけで、他にも数がありそうな気がしてきた。
いずれにしても不注意が招いたミスではある。近いうちにもう一度『明王峠迷走事件』の検証に行ってみようと思う。
2013年11月23日土曜日
平成25年11月22日(金) 晴れ
きのうの山歩きに履いていった靴は、山用ではなく普段の「歩き」やジョギングに使っているランニングシューズで行った。森林限界を超える岩稜地帯を重量のあるザックを背負い長時間歩くのなら本格的な登山靴を履いた方が良いだろうと思うが、高尾山のような低山で整備された山道の場合、履き慣れている滑らない軽い運動靴で十分だと思う。
高尾山でもさすがにハイヒールの人は見かけないが、普通のタウンシューズの人はいくらでもいる。底が滑らなければそれでよいと思う。
近年はトレラン(Trail Running)が盛んになりグリップが良く軽い専用シューズが出ているので、そちらに心が動く。私のような日帰り低山の山歩きの真似事程度では軽くて足首の自由度が高く滑らないのが一番のような気がしている。
地下足袋最強説もあるくらいだ。重い登山靴を履くのは必然的な理由があるからで低い山で何もわざわざオモリを付けて歩くことはないと思う。
しかし近年の山ブームということで身につける物はファッションの側面もあることは否定しません。高尾山辺りでもお洒落に全身をコーディネイトした若くて美人の山ガールが沢山歩いている。私が若い頃、丹沢辺りを歩いていてたまにすれ違う女性で、はっ、とするような女性には会ったことがなかったもの。時代は良い方に変わった(笑)。山にもよるだろうが、昔に比べて本当に女性が多くなった。
きのうは行程で10㎞ちょっとの山道だったが、ふくらはぎが痛い。ここのところほとんど毎日5~7㎞を歩いたり走ったりしているのにだ。山の筋肉は山で付けるしかないという事なのだろう。
今日は仕事はもちろんあるが、足が痛いので野川散歩は完全休養日にする。
遅い昼食で久しぶりの「丸亀製麺」に行く。
南口西側ロータリーのケヤキもだいぶ葉を落としている。
早めに店に出て一仕事してからコーヒーブレイク。一時間の読書タイム。少しずつ途切れ途切れに読んでいる大沢在昌『新宿鮫』シリーズはようやく三作目の中程まで読んだ。第四作直木賞『無間人形』まであと少しだ。私は大沢在昌の作品に触れたのは初めてだったが、このシリーズのファンが多いというのがよく解る。
高尾山でもさすがにハイヒールの人は見かけないが、普通のタウンシューズの人はいくらでもいる。底が滑らなければそれでよいと思う。
近年はトレラン(Trail Running)が盛んになりグリップが良く軽い専用シューズが出ているので、そちらに心が動く。私のような日帰り低山の山歩きの真似事程度では軽くて足首の自由度が高く滑らないのが一番のような気がしている。
地下足袋最強説もあるくらいだ。重い登山靴を履くのは必然的な理由があるからで低い山で何もわざわざオモリを付けて歩くことはないと思う。
しかし近年の山ブームということで身につける物はファッションの側面もあることは否定しません。高尾山辺りでもお洒落に全身をコーディネイトした若くて美人の山ガールが沢山歩いている。私が若い頃、丹沢辺りを歩いていてたまにすれ違う女性で、はっ、とするような女性には会ったことがなかったもの。時代は良い方に変わった(笑)。山にもよるだろうが、昔に比べて本当に女性が多くなった。
きのうは行程で10㎞ちょっとの山道だったが、ふくらはぎが痛い。ここのところほとんど毎日5~7㎞を歩いたり走ったりしているのにだ。山の筋肉は山で付けるしかないという事なのだろう。
今日は仕事はもちろんあるが、足が痛いので野川散歩は完全休養日にする。
遅い昼食で久しぶりの「丸亀製麺」に行く。
| かけうどん(並)¥280+温泉玉子¥50=¥330(ねぎ・天かすはタダ) |
| 三鷹駅南口玉川上水沿い |
早めに店に出て一仕事してからコーヒーブレイク。一時間の読書タイム。少しずつ途切れ途切れに読んでいる大沢在昌『新宿鮫』シリーズはようやく三作目の中程まで読んだ。第四作直木賞『無間人形』まであと少しだ。私は大沢在昌の作品に触れたのは初めてだったが、このシリーズのファンが多いというのがよく解る。
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