2012年11月13日火曜日

平成24年11月12日(月) 曇りのち晴れ

早朝まで降っていたみたいだが六時過ぎ目が覚めて外を見ると雨はあがっていた。もう一度寝床に潜り込む。九時過ぎ起床、今日は私は休みである。晴れていれば立川の昭和記念公園の紅葉を見に行こうと思っていたのだが、何とも半端な天気で出そびってしまった。午後になり明るくなってきた。迷っていると時間ばかり経つので二時になった時点で行く事を決めバイクを出す。

家を出たのが二時半近かったが三時過ぎには到着。四時半の閉園まで時間がないがレンタルサイクル¥400で廻る。園内は広大なので歩いて全部廻るには広すぎる。


日本庭園










今年は夏が長かったので紅葉が遅れている。例年であれば銀杏並木の下は落ち葉の絨毯になっているが今年はまだ緑が残る樹がある。一週間後は圧巻であろう。


2012年11月12日月曜日

平成24年11月11日(日) 曇りのち雨

宴の後の緩んだ気だるさが残っている。また日常に戻りきる前の余韻だ。『にっぽん縦断こころ旅』(録画)の土日週末編をまとめて観る。今週から岡山に入り山陽道を西に進む流れだ。ただし同県内では単純に西へ西へではなく、色々移動する。この番組の主旨は自転車での一筆書き旅行ではなく視聴者から寄せられた手紙にいざなわれて、その思い出の地を訪ねることにあるので、鉄道やバスを利用しながらの移動である。火野正平は今年63歳になる。坂道を息を切らせながら喘ぐ姿は何か親しみが湧く。優等生イケメン俳優にこの味はでない。火野正平は強がらない、この肩の力の抜けた飄々とした性格が女性を惹きつけてきたのだと想像する。古来偉そうに言う男は女にはモテない。

昼は鍋で「キムチうどん」をする。ビールを飲みながら熱いのを食べる。昨日との落差が大きい。それでよいのである。変化があるからこそたまに気合いの入った食事が活きるのである。私は何もなければ〝卵かけごはん〟だけだって一向にかまわない。

そのままダラダラ飲んでいた。娘と競馬中継を観たり、石川遼が久々に勝ったシーンを観たり、相撲を観たり、雨が静かに降っている。平凡で平和な日常である。

2012年11月11日日曜日

平成24年11月10日(土) 晴れ

今日は次男夫婦が来ることになっている。10月に嫁が走ったマラソン慰労会のようなものだ。今夜は家フレンチをする。


ドライいちじくとチーズ入りライ麦パン

キャビアもどき(ランプフィッシュ)
キャビアの十分の一の価格だ。家で安ワインをがぶ飲みしながらにはこれでよい。パンとサワークリームとで食べる。
バゲット(パサージュ・ア・ニヴォーの最高のフランスパン)

私のフリカッセ(鶏のクリームソース)
安チーズ三種
 フランス産のA.O.C物は高いが探せば安くておいしいチーズもある。

久しぶりにクレープシュゼットをする。これはゲリドンサービスといって客席でのワゴンサービスで演出するデザートで、今もホテルオークラのスペシャリテであるし、銀座の高級洋菓子店「アンリ・シャルパンティエ」でもメニューにある。ただこのデザートは性格上、作り置きが出来ないのでどこでも出しているわけではなく甘味好きでも食べたことがない方も多いと思う。
私は若い頃某銀行のクラブハウスの客席でよくこのサービスをした。こういうのは自転車に乗るのと同じで一度身につくと体が覚えている。今日は人数が多いのにまとめてやろうとして、つまり横着をしたので雑な感じになってしまった。家だから許される。もちろん味はバッチリだ。フレッシュの絞りたてオレンジ、コアントロー、グランマニエ、ブランデーと材料も完璧である。何を言っているのか解らぬ方には申し訳ないが長くなるので説明は省かせてもらう。
クレープシュゼット制作中


仕上げのブランデーふぁいや~
 バーニャカウダ、ラタトゥイユ、ポテトとベーコンのソテーにシェリービネガーを利かせた付け合わせなど色々食べたが最近アップした写真に近いので重複するものは避けた。六人で赤ワイン5本を空けた。美食は退廃の香りがする。

2012年11月10日土曜日

平成24年11月9日(金) 晴れ

ここのところブログの更新は翌日の午前中にすることが多い。前日のことを反芻しながら書くのだが大体は平凡な日常であるからたいして書くことはない。意識しなければただ流されるばかりの毎日だからこそ平凡な毎日をブログに刻むことは意味があると思う。それは読者が書き手の自分ひとりだけであっても過去の自分に会うことができるという効用がある。ほんの数ヶ月前のできごとでも読み直すと懐かしかったりする。

店の営業中、テレ東『たけしのニッポンのミカタ』を観ていた。今日のテーマは「ニッポン人らしさよ、どこへ行った!?」だ。こういうテーマは面白い。古来より繰り返されてきた今時の若い連中はなっとらん云々話に近いが時代の変化を再確認できる。街頭アンケートで「どんな時に親のしつけがなってないと感じるか」や「若者のこの言い回しが気に食わない」など中高年なら誰でも一言くらいは言うことがあるアンケートだった。ちなみに若者の言い回し第三位「ぶっちゃけ」・第二位「そーっすね」・第一位「やばい」だった。これは対話における日本独特の暗黙の規範が希薄になってきているのとその習熟度の遅れ、幼稚化を意味しているのではないかと思う。

少し古い論文だが面白いので部分引用する。

『日本語の自称詞』●対人関係における自己規定の問題 鈴木孝夫

ヨーロッパ語で話が行われるときは、人は、自分が話し手であるか聞き手であるかの役割さえ確認していればよいので、自己のあり方と他者(相手)の相関関係を情報としていちいちとり入れる必要はない。ところが、日本語で話をする場合には、自分がどの特定の相手と話をするかによって、自分が用うべき適当な代名詞(広い意味で)を選択しなければならない。しかも、この代名詞の選択とは、単に代名詞に止まらず、いわゆる敬語体系という非常に複雑な言語体系の選択と直結しているのである。特定の場面での具体的な相手が出現しない限り、話者の自己は少なくとも言語的には未定で開いた状態にあることは、次の例を考えてみればわかる。一人の男は、自分の子どもに対しては「パパ」いう一人称を選ぶことで、使用する一連のことばから、動作態度にいたるまで決定される。ところが甥が遊びにくれば自己を「おじさん」として規定することになる。この男が教師を職業としていれば、生徒にむかえば自分を「先生」と称することで、この場の自己規定が成立する。同僚に対しては「僕」、校長に対しては「私」とかしこまる。要するに具体的な相手が現れて、はじめて言語的な自己規定が行われる。そしてこの規定は、言語だけに止まらず、態度動作や心的状態にも一貫した影響を与えることが重大な点だ。 
 講談社現代新書280『論集・日本文化②日本文化と世界 梅竿忠夫+多田道太郎編』より

引用終わり

つまり日本語における対話は話し手同士の親疎の度、年齢の差、男女の別、などの具体的人間関係に基づいて選択が決まる、口の利き方が決まるのだ。

今の若い人達はその極めて日本的な気遣いが苦手なのだろう。




日暮れ前の三鷹駅周辺

2012年11月9日金曜日

平成24年11月8日(木) 晴れ

NHK『あさイチ』のピカピカ日本というコーナーでギンナンを紹介していた。場所は愛知県稲沢市祖父江町だ。ここは江戸時代から続くギンナンの一大産地だそうだ。二㍍を越す竹竿で銀杏の木を揺すって実を落とす収穫法を中継している。落ちたギンナンを見て色のないサクランボみたいであれっと思った。ギンナンというのはドングリと同じようにあの堅い殻の状態で落ちているものだと思い込んでいた。そうかあの独特の匂いは果肉だったのか。知らなかった。ということは長い間私は実のなる季節の銀杏の木の下を歩いても一度もギンナン拾いをしたことがなかったということだ。

たまたまカミさんが近所で拾った果肉付きのギンナンがあった。



知らないことは恥ずかしいことではない。知っているふりをするのは恥ずかしい行為である。

昼は家でパスタにする。冷蔵庫に使いかけのクリームがあったので悪くなる前に消費する。

色々野菜とベーコンのクリームソース
先日使った姫ネギやセルフィーユも冷蔵庫にまだあり仕上げに緑の色を加えて見栄えを良くすることができたのに食べ終えてから気がついた。味はもちろん自画自賛。クリームだけだと重くなるので白ワインとノイリー(ドライベルモット)を詰めたソースだ。プロや料理好きな方なら想像出来るはずである。

今日のオマケ「くるみ」ちゃん

2012年11月8日木曜日

平成24年11月7日(水) 晴れ

昼に「バーミヤン」に行く。全品制覇しようという勢いはないがお気に入りになってしまっている。
今日は『コク旨辣油のネギラーメン』¥599にする。少しだけ炒飯を食べたくて店員さんに訊くと餃子と半炒飯を加えるセットはあるが、半炒飯だけの追加はないそうだ。育ち盛りの中高生が頼むような炭水化物満載の内容だが、後のことは考えずそのセットをお願いする。完食できるか自信がなかったが意外と苦もなく完食した。まあ腹パンパンではある。


写真はこれだけである。というのはそんなに食べたのかと思われるのが気恥ずかしくて、ラーメンだけを食べたと、事実に反することを書くつもりでいたのだ。なので当然餃子と半炒飯は撮っていない。証拠隠滅である。人間はどんなに聖人づらをしていても心の中にはやましい部分を必ずもっている。そう私が思うのは、私がそうであるからであって自分の思考を鏡像的に他者にあて嵌めるからである。

午後取引先の酒屋の営業のS木さんから入電がある。「ボージョレーヌーボー」の予約確認を兼ねた営業電話だった。今の業態じゃちと無理なので丁重にお断りする。そういえば来週の木曜日が解禁日である。今年は天候の不順で不作が伝えられているが日本は大消費地なので優先的に流通量は確保されているそうだ。個人的には数本お付き合いする。

2012年11月7日水曜日

平成24年11月6日(火) 雨のち曇り

昨夜からの雨が降っている。そんなに冷え込んではいないので、日野美佳の『氷雨』♪外は冬の雨~まだ止まず~♪が口をついて出るほどではない。

昼、先日試作したバーニャカウダの野菜が残っていたのでラタトゥイユ(Ratatouille)を作った。知っている方も多いと思うが、その日本人が発音しにくいラタトゥイユとは何ぞや?という質問に答える。(質問されてないが)。ラタトゥイユというのは、南フランス、プロバンス地方や地中海方面でつくられる野菜のトマト煮のことである。「ニース風野菜の煮込み」などと表現されることも多い。イタリアの「カポナータ」は近いがカポナータは酢や砂糖を使用するのでラタトゥイユとは少し違うものの地中海一帯で広く作られる野菜のトマト煮ということで基本は同じである。

レストランでも料理の付け合わせで供されることも多い。単品でパンをつけて食べてもおいしい。
作り方も簡単である。三人前程度を作ってみる。

①鍋にオリーブオイルを入れ粗く切ったにんにく三個と粗切りタマネギ半個分を焦がさぬよう弱火で炒める

②クールジェット(ズッキーニ)一本の輪切りを別のフライパンで焼き色をつけるように炒め先の鍋に投入

③茄子の一本の輪切りを同じように炒め投入、茄子は油を吸うので油は少なめにする。入れすぎると後で茄子が油を吐くので仕上がりが重くなる。

④ここで粗切りトマト缶(400g)を全部入れ弱火でコトコト煮込むこと20分

⑤ポワブロン(パプリカ)のざく切りを投入、このピーマン系は生で食べられるので私はあまり煮込まない

⑥火を止め自然に冷ます、余熱で煮込みが進む。完成そのままでも美味しいが寝かすと味がなじんでコクが出る。

以上私の家庭での作り方だが、この料理は自由度が高く、材料はその時ある物でよいし、切り方も好みである。よく同じ賽の目の大きさに切り揃えるルセット(レシピ)を見かけるがこれは付け合わせを意識した作り方であって、一品として食べるときは大きめの方が見映えがよいと思う。
自信をもってこれが「私のラタトゥイユ」だと呼べばいいのである。話は違うが「鶏のフリカッセ」という料理があって、普通はソテーした後クリームソースで味を調えるが、クリームを使わないやりかたで、これが「私のフリカッセ」と言ったシェフがどこかにいたなあ(笑)。笑いはともかく自信を持って言い切ることは料理人としてブレない大切なことで美味ければよいのだ。


私のラタトゥイユ
昼過ぎに雨はあがったが曇ったままで道は終日乾くことはなかった。夜になり三鷹駅周辺にめずらしく薄霧がでていて街全体がしっとりと濡れていた。

店の前から横河電機本社方面



2012年11月6日火曜日

平成24年11月5日(月) 曇りのち雨

薄日が射す時間もあったが天気は下り坂で夜には雨になるようだ。十日ほど前に切った人差し指にずっとキズパワーパッドを巻いていたが、ようやくはずした。傷はふさがっているが少し深かったので削いだ皮膚がセロハンテープの貼りめくれのように残っていて触るとチリチリとした痛みがある。こういうのを文章で説明するのはむずかしいが写真で見せるものでもない。

夜になり降り始めた。月曜の雨で街はなんとなく静かだ。店を終え帰宅後、テレビ東京『ソロモン流』(録画)を二週分観る。「最先端情報&人物ドキュメンタリー」ということで様々なジャンルの旬な人に密着する番組だ。先週の『熱烈中華食堂 日高屋』会長・神田正はよかった。日高屋は都心に展開するラーメンチェーンで三鷹にもある。清潔で安くておいしい。一人の女性客が普通にいるのが日高屋だ。この神田氏が偉いのは経営者として効率を追求するだけではなく、従業員に温かい視線をもっていることである。例えば高齢の従業員を朝までの深夜勤務がない店に配置するなど現場に対する思いやりがある。苦労人だからできることであろう。
http://www.tv-tokyo.co.jp/solomon/back/121028.html

カミさんが洗濯物を出したままだった。朝カミさんが先に出たので後から出た私が仕舞い忘れたみたいになって、おいおい俺かよ~という冤罪話になった。


2012年11月5日月曜日

平成24年11月4日(日) 晴れ

自宅でバーニャカウダを作ってみた。私はプロの料理人としてフランス料理店の厨房に立ったことはないが料理はする。その世界に二十年以上いたのだからそれなりに料理の研究はしている。で今日はバーニャカウダを制作。バーニャカウダ(Bagna cauda)はイタリアのピエモンテ州の地方料理で、「バーニャ」=「ソース」、「カウダ」=「熱い」と言う意味で、にんにく、アンチョビ、オリーブオイルを合わせた温かいソースで野菜を食べるものである。本来は素朴な野菜料理であるが、アレンジの仕方では華やかになる。


私のBagnaCauda
 今日の素材、トレビス、ロケット(ルッコラ)、アンディーブ(ベルギーチコリ)、カリフラワー、ブロッコリー、おくら、アスパラガス、ヤングコーン、ポワブロン三色(パプリカ)、金時人参、さやインゲン、ミニトマト、クレソン、セルフィーユ、姫ネギ(京野菜)の15種を使用した。実はビーツも用意していたのだが入れるのを忘れた。でもなかなか美しいと自画自賛。

肝心のソースは色々作り方があるが、今回は少し手間をかけた。ざっくり切ったにんにくを一度ひたひたの水から沸かし軽く火を入れた後、湯を捨て牛乳を入れ弱火で柔らかくなるまで煮る。そこにアンチョビを加え両方を木べらでなめらになるまで潰す。ここにオリーブオイルと生クリームを加え混ぜて出来上がり。アンチョビとにんにくという強い味同士なので繊細なソースではないがとても美味い。季節の野菜に合わせて変化を楽しめるのもこの料理の飽きないところだ。

夕方カミさんが野菜をもらってきた。趣味で山梨で放置(笑)有機栽培をしている友人からだそうで大根の不揃いな感じが良い。


野菜がいっぱいである。

2012年11月4日日曜日

平成24年11月3日(土) 晴れ

武蔵境に用があり昼過ぎであったので、イトーヨーカドーのB1回転寿司「沼津港」に行く。以前書いたがここは廻っているようで廻っていないようで廻っている。要は装置として廻ってはいるが、実際はほとんどオーダーしながら食べるシステムだ。12時から1時のランチ時などの忙しい時間はどんどん廻っているのかも分からないがその時間に利用したことがないので定かではない。今日はカウンターの端の方だったのでカメラを出して撮すことが出来た。握っている職人さんの真ん前だとちと出しにくい。

赤貝
ミル貝
かつお
ホッキ貝
気にせずどんどん食べていたら勘定が三千円近かった。安くはないがネタが良いので仕方ない。

B1フードコート二本の柱の間に見えるのが「沼津港」
フードコートの雑然とした雰囲気の奥にあるので店に落ち着きはない。なのでこの値段を支払うのであれば廻らぬ寿司店に行けばよいのだがつい気軽に入ってしまう。学習せんなあ。
帰って録り溜めしてあった番組を色々観た。しかしついにNHK朝ドラ『純と愛』は観るのを止めた。長いイントロのつもりで観ていたのだが、どうも面白くない。『家政婦のミタ』の脚本家遊川和彦ということで期待が大きかったのかもしれない。面白いのだが面白くないという形容矛盾の世界だ。どうなってゆくのか続きを観たいと思わなくなった。毎朝チャーハンはいらない。

2012年11月3日土曜日

平成24年11月2日(金) 晴れ

昼に「バーミヤン」に行く。月曜日に初めて利用してから今週三回目だ。メニューが多彩なので飽きない。価格もこなれていて餡かけ五目そばなどが¥699でまあ¥700だ。安いとは感じさせぬが、都心の行列が出来るラーメン専門店の千円ラーメンと比較すれば私はこちらを選ぶ。舞台が違うので比較しても意味はないが。

今日は五目焼きそばと餃子セットを注文する。私はこの旨煮が好きなのだ。でもご飯にかける中華丼というのは、なぜかもうひとつ好きではなくどこに行っても頼むことはない。その何故かを自己分析したことはないが食感かもわからない。私の知っているフレンチのシェフで中華丼を指して「あれは人間の食い物ではない」と言い切った某人がいるが本人の名誉のため伏せておく(笑)。狭い世界の楽屋落ちで申し訳ないが判る人には判る話である。

話が逸れたが白いごはんに何かを乗せるどんぶり物が嫌いなわけではない。牛丼だってカツ丼だって好きである。中華丼をすすんで頼まないというだけである。こういう話は展開すると何十行でも書けるが、ぐだぐだになるのでやめておく。

五目やきそば
十月の頭はまだ暑い日がありましたが十一月に入り町行く人の装いに防寒具を見かけるようになりました。今日はこんなところです。(筑紫哲也風)

2012年11月2日金曜日

平成24年11月1日(木) 晴れ

たまには三鷹駅周辺のランチを食べようということでカミさんと一緒に南口方面の「リトルスターレストラン」に行く。カフェダイニングというカテゴリーなのだろうか。夜は酒と肴とごはんが売りのようだ。ここは確か出版系の方が独立されて他業種参入という冒険をなさったと聞いたことがある。『リトルスターレストランのつくりかた』という本も出版されている。さすがパブリッシングのプロである。

私・日替わり定食:的鯛のフライ¥850(飲み物付き)
カミさん・日替わり定食:鶏の?失念(笑)
 月毎にお店の新聞「毎月新聞ごはん」(フルカラー)を発行されている。すごいことだ。ショップカードやお店のパンフレットも大企業のような仕様で出版関係の仕事をされていた方の実力がわかる。
ビルの三階という決して好立地ではないのに賑わっている。勉強になりました。
セットのコーヒー
 続いて近くの三鷹産業プラザの一階にある「カフェ・ハイ・ファミリア」に移動する。ここもまったり系というのか、客席の一部にソファを使うデイリーズカフェなどに似たレイアウトだ。平日の一時半過ぎであるがほぼ満席でみなさんのんびりしていらっしゃる。食事はすんだばかりなのでケーキセットを注文する。

アイスコーヒー
バナナケーキセットで¥680
カミさん:ロールケーキ

ケーキのサイズが大きいので完全に満腹になった。いかん、これではケーキのサイズではなく腹のサイズが大きくなる。

2012年11月1日木曜日

平成24年10月31日(水) 晴れ時々曇り

先日「バーミヤン」デビューしたばかりの私は、早速カミさんと再訪した。カミさんは知り合いと他の店を利用したことはあるらしい。ラーメン店にはない中華料理店の麺類があるのが嬉しい。私は「五目そば」、カミさんは「酸辣湯」(さんらーたん)、それぞれ餃子をセットにする。今書いていて「酸辣湯」の変換が一発でできた。私は日本語変換にATOK2010を使っている。日本語入力システムは素晴らしく進化した。新語への対応も早い。二十年近く前、まだワープロで文書を作成していたころ、「お食事券」への変換がほしいのに「汚職事件」とでて笑った記憶がある。今でもこの両方は変換候補選択にでてくるが、学習機能の発達で文脈の中では一発で変換できるまでになっている。

五目そば(餡かけ旨煮)

酸辣湯

説明不要(笑)
これからは月が欠けてゆき、月の出がどんどん遅くなる。店が終わる11時頃、欠け始めた月は中空に在る。その明るい月から東方面左下に木星が見える。これも明るいので三鷹駅近辺のようにかなり明るい場所でもはっきり見える。その木星から少し右に赤っぽく光る星がある。これは「アルデバラン」だ。冬のダイアモンドを構成する星のひとつである。もう少し季節が進みこのアルデバランよりさらに下にあるオリオン座が見え始めるとオリオンの脚の部分「ベテルギウス」、おおいぬ座「シリウス」、こいぬ座「プロキオン」の三星で構成する「冬の大三角」が姿を表す。私は天体マニアではない(笑)。冬の星空が好きなだけだ。東京でも冬は大気が澄むことが多く子供の頃からよく見てきた星を変わりなく観察できる。千年前の平安時代の人も一万年前の縄文人も今と同じ空を見ているのだ。『方丈記』で鴨長明が〝ゆくかわのながれはたえずして〟と人の世の移りゆく様の無常を書いた。人の営みの時間と比べれば宇宙の営みの長さはわれわれ一般人の理解の限界を超えている。その宇宙も永遠ではない。しかし、人は永遠の闇からきて永遠の闇に還る。そのまばたきのような光、与えられた生をおろそかにしてはならない。

2012年10月31日水曜日

平成24年10月30日(火) 曇りのち晴れ

午前中曇っていたが午後になり雲が薄くなり夕方からは晴れてきた。月が昇る頃はいわゆる月に叢雲(むらくも)でときおり雲間に隠れていたが、店を終えた頃は澄んだ表情を浮かべていた。

十六夜(いざよい)の満月
帰宅して『にっぽん縦断こころ旅』(録画)を観る。愛媛県の東端、香川県境に近い川之江駅から香川側の観音寺(かんおんじ)市に入る。「かんおんじ」と読み「かんのんじ」とは読まない。
今日は観音寺にある豊稔池ダムが目的地だった。私はこのダムの存在を全く知らなかった。

wiki引用
豊稔池ダム(ほうねんいけダム)は、香川県観音寺市にある現存する日本最古の石積式マルチプルアーチダム2006年平成18年)、国の重要文化財(建造物)に指定されている(指定名称は「豊稔池堰堤」)。
命名は、香川県出身で大蔵大臣などを歴任した三土忠造による[1][2]
讃岐山脈から流れ出る柞田川を上流で堰き止め、柞田川の左岸に広がる水田を潤している豊稔池ダムは、度重なる大旱魃への対策として1926年大正15年)に着工され、1930年昭和5年)に完成した。このとき、地元住民による組合が部分請負が工事にあたり、延べ15万人による人海戦術により約4年の短期完成を実現するという地元一体となって成遂げられた公共事業であった。ダム補修工事により上流部はコンクリート補強されているが、下流部には当時の古い石積みが現存している。
多連式アーチダムとしては、宮城県仙台市大倉ダム(二連式)を含め、全国に二つしかなく、当時米国で最新技術であったマルチプルアーチが適用されるなど土木史、ダム技術史を語る上においても貴重な建造物である。
遺跡のような佇まい

 番組中、地元食堂で火野正平がダム放流の写真を見て、常に放流しているのか?のような主旨を訊いたら「まけそうになったら」という応えが返っていた。この「まけそう」というのは標準語で「こぼれそう」「あふれそう」という意味だ。この方言がどの地域まで使われているのかは知らないが、讃岐出身の私には懐かしい響きであった。

2012年10月30日火曜日

平成24年10月29日(月) 晴れ

日曜日の運転疲れが残っている。往復450㎞でそんなに長距離ではないが帰路の高速道路が夜間の強い雨で視界が悪く運転しづらかったのが影響していると思う。

昼食に近所の「バーミヤン」に行く。


「海老と帆立の塩炒め」と「フカヒレ入り餡かけ炒飯」を頼む。食べ始めて気がついた。写真を忘れている。炒飯の方は絵にならない状態になっているのであきらめ炒め物をちょいごまかしで撮った。実は「バーミヤン」に入るのは初めてだ。スカイラークグループの中華系チェーン店というのはもちろん知っているが、利用したことはなかった。安かろう悪かろうの先入観があったのだ。
メニューも充実していてちゃんと美味しい。また来よう。

今夜は望月十五夜だが正確には満月ではない。満月は明日の十六夜である。大気が澄んで中空に鮮やかな月が輝いている。

帰宅して『にっぽん縦断こころ旅』(録画)を観る。今週から香川県だ。どこを廻るにしても名所巡りにはならない。視聴者からのリクエストの手紙に応えて各地を訪ねるのだが、採用される手紙は、今はその地に住んでいない方の思い出の場所が多い。景色の素晴らしい場所もたくさんあるが、ありふれた日常だった場所、他者にとっては変哲のないありふれた田舎の風景も多い。今は亡き人の古い思い出など、その人だけの特別の場所というのが心を打つ。映画『ニューシネマパラダイス』のような郷愁に近い。