明けて早朝の南東方面の展望。
眉山は頂上まで道路も整備されており車でも上がれ、ロープウエイもあるので多くの人がここを訪れている。
今回徳島を訪れたのはもう一つの墓参をするためである。大久保よりわずかひと月で後を追うように逝った高円寺の友人城尾も徳島の出で、彼の家の墓所も大久保家の墓所から近い。
大久保も城尾ももちろん友人同士で大久保の細君M子さんも同級生で古くからの間柄である。昨年の今頃続けてふたりの親友を失った穴はいまだに埋まらない。
眉山の麓にある「阿波踊り会館」で城尾のご兄弟と待ち合わせをしている。
阿波踊り会館 |
阿波踊り会館からロープウエイに乗れる |
懇ろ(ねんごろ)に花を手向ける。合掌。
墓所の敷地内にあった案内看板を見て驚いた。戦前のパリの社交界でバロン薩摩とよばれたあの薩摩治郎八の墓があった。晩年を再婚した妻の実家がある徳島に移り住んでいたことは知っていたが、墓所までは知らなかった。
wiki 薩摩治郎八
私が薩摩治郎八の名前を知ったのは『芸術新潮』 1998年12月号の特集記事以来である。
これで一区切りがついた。その足で東京に帰ってもよかったのだが、今回はサプライズがあるのだ。大久保の家族は神戸に住んでいて有馬温泉も近い。その有馬の地で私の会社時代の後輩が成長して料理長になっている。前から知っていたがなかなか訪ねる機会がなかったのだ。
この機会を逃すといつになるか分からないと思い、帰京するのを一日延ばして大久保の家族と一緒にお疲れ様会をすること決め、後輩に連絡して彼の配慮で部屋まで押さえてもらってあるのだ。
場所は会員制のリゾートホテル「エクシブ有馬離宮」である。神戸に向かう。
一度大久保家に寄り荷物を整理し直してエクシブに17:00前に到着。なんとまあ豪華な施設だ。寝るのがもったいないぞ(笑)。
リビング |
ベッドルームが二つあり真ん中にリビングがある。私はもちろん長男のS君との部屋だ。S君も27歳の大人である。
19:30からの食事は、頼んでいないのに個室が用意されていた。小川料理長、気を遣わせちゃってゴメンね。というか、(どうですか僕もこのくらいの事は出来るようになりました)という無言のメッセージだとすれば素直に(立派になったね)と拍手したくなった。
オーストリア産の新酒白ワイン |
ブイヤベース仕立てのスープ |
シャラン産鴨のロースト |
食べ終わったあと、着替えて小川君登場。バーに移動して12:00までお話をする。小川君とのツーショット。とても暗いのでカメラのISO感度を最大まで上げたがこれがコンデジの限界。
色々出してくれてありがとう。ご馳走さまでした。立派に成長して私も嬉しい。明日は会社のゴルフコンペに参加だって。スゴイ。若い料理人を25人従える責任のある立場の、いい男の顔になっている。
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